『東京ヴァンパイア・ファイナンス』(真藤順丈/電撃文庫)

 第15回電撃小説大賞銀賞受賞作。
 ”金は天下の回りもの”といいますが、お金の流れを通じて裏の世界と表の世界、あるいは裏の世界と裏の世界といった世界をつなげていくことで一本の物語を紡いでいる作品として、宮部みゆき長い長い殺人』という作品があります。この作品の変わっているところは、なんと語り手が”財布”なのです。当然、財布が話せるのか?ものを見ることができるのか?といった疑問をお持ちの方もおられるでしょうが、そういう方には是非実際に読んでみて欲しいです。財布を語り手とすることで、殺人事件の中でのお金の位置付け、財布の持ち主との微妙な距離感によって描かれる人とお金との関係というものが巧みに描かれている不思議な小説です。
 本書もまた、そんなお金のつながりから複数の人間関係が描かれている作品です。物語の中心にいるのは”ヴァンパイア・ファイナンス”を営む金貸し・万城小夜。そんな彼女からお金を借りることになる送りオオカミを目指す”ひのけん”、振り込め詐欺グループへの復讐に燃える〈やえざくらの会〉、性転換手術の費用が欲しい”美佐季”、ドラッグデザイナーからの足抜けを考えている”しずか”の4人の物語です。アンダーグラウンドに生きる4人の、本来ならつながるはずのない物語が、お金によって結び付けられています。
 本書は、俺=ひのけん、わし=〈やえざくらの会〉の会員、あたし=美佐季、私=しずか、とそれぞれ異なる一人称による複元描写が用いられています。そして、それらの視点描写が時間的に並行して、物語としては混ぜ合わされる形でポンポンと展開していきます。そうした形式は、ミステリにおいてはモジュラー型と呼ばれていて、主に警察小説で用いられる手法とされています。つまり本書は一人称複元描写とモジュラー型とが用いられている極めてテクニカルな小説なのです。
 ただ、そうした技巧も物語の面白さという意味で効果的に機能しているのかといえば、正直いって疑問です。モジュラー型がなぜ警察小説で多用されているのかといえば、実際の現場において警察官の都合などお構いなしに事件が襲い掛かってくるからです。それによって生まれる現場の混乱に警察官は悩み苦しみ忙殺されて、それでも少しずつ対処していくうちに事件も少しずつ解決していって、少しずつ秩序が回復していくという様子を、警察官の視点を通すことによって体感できるからです。
 ところが、本書の場合には一人称複元描写が用いられているため、それぞれの視点人物では物語の混乱は起きていません。なので、混乱しているのは読者のみです。であるならば、普通は読者に向けた何かしらのサービスがあるものだと考えます。例えば伊坂幸太郎の『ラッシュライフ』などもやはりモジュラー型の小説ですが、この作品の場合には物語が語られるうちに登場人物の意外な一面・登場人物間の意外な関係といったものが見えてきます。そうした意外なクロス関係によって、それまで描かれてきた出来事に隠されていた意図や意味も明らかとなり、そうした伏線の妙を読者は堪能できるような仕組みになっています。
 ところが、本書の場合には驚くべきことに何もありません。それが逆に意外といえば意外ですが、なんのためのモジュラー型だったのかと、読み終わった今となっては疑問に思わずにはいられません。これなら、普通にまずは各視点人物ごとの物語を書いて、最後にそれらをまとめる(例えば小夜を語り手にした)お話を置いて幕を閉じるというパターンの方が収まりが良かったと思います。
 カバー折り返しには”狂騒のハードスケジュール群像劇”とあって、その表現はまさにその通りではありますが、4つのエピソードそれぞれに魅力がないわけではないのですから、セオリーどおりに描いても良かったような印象を受けました。……もっとも、それじゃ普通過ぎてダメなのかもしれませんが。小説って難しいですね(笑)。
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