『七姫物語 第五章 東和の模様』(高野和/電撃文庫)

三軒茶屋本館書評 「七姫物語」シリーズ(第一章〜第四章まで。登場人物一覧表や用語メモなども。)
 『七姫物語』の第五章がようやく刊行されました。1年以上も待たせるなんて本当に勘弁して下さい(笑)。
 都市の象徴たる姫君が主役を務める本シリーズは戦記ものとして異彩を放っています。東和の七都市はそれぞれに勢力を持ってはいるものの人々の実感としては捉えにくいものです。そのために象徴としての姫の存在が必要とされます。それぞれの都市ごとに政情を反映した多面性があってその真意は測りづらいものですが、姫という象徴を経ることによって、姫の言葉として伝えられることによって、それが都市の意思として体内的にも対外的にも意味を持つことになります。そんな都市の擬人化的な存在である姫たちに萌え萌えするのも本シリーズの立派な楽しみ方のひとつです(笑)。
 ただ、本シリーズを読んでるとそれだけではなくて、国家というものについて改めて考えずにはいられなくなります。国家とは何か? 講学的にはそれは三つの要素から成り立つと解されています。すなわち、国民(所属員)と国土(地域)と主権(固有の支配権)を有するものが国家ということになります。そして主権には対外的な独立性、対内的な支配性、自主組織性といった三つの側面があるとされています。
 で、七姫は三要素のうちの主権というものを象徴する存在なわけです。七都市といってもその実情はさまざまです。かつての中央政府として最大勢力として君臨する一宮シンセンと真都同盟という市民団体として存在する二宮スズマ。対立して刃を交える二つの都市のかたちはまったく異なるものです。他の各都市のかたちもまた様々ですが、姫という象徴を介在させることで会話が成り立ちます。むろん、ときには戦という暴力の象徴にもなるわけですが。
 今でこそ、国家、特に民主主義国家はいつまでも続いていく永遠の存在としてイメージされがちですが、実のところそんな保障はどこにもありませんし、歴史を振り返れば滅んでは生まれ変わるということを繰り返してきました。また、たとえ滅ばずとも国というもののかたちは常に変わっていきます。そんなことを姫という象徴は司っているのだと思います。
 本書での姫たちの動きは国家の主権というものが持つ様々な側面というものを表しています。ついに勃発した一宮と二宮の間での戦争。自ら前線に赴く二宮翡翠姫に対して自国を動かない黒曜姫。そんな戦争を横目に見ながら、三宮、五宮、六宮、七宮の四人の姫たちは同盟を結ぶための儀礼的な行事をつつがなく行っていきます。そして……。一方で、そんな姫たちの次なる未来を模索するために各人が各所で動いています。将軍が戦果をあげて軍師が暗躍しようとも、物語の主役はあくまでも七姫の空澄なわけで、すべてはそこに収斂していきます。人の営みがあってこその国家です。そのなかで普通の戦記ものというのは個人が国家に与える影響、特に英雄たちの活躍という視点から国家というものが描かれがちなのです。ところが本シリーズでは姫という国家側の視点からそうした人々の動きや影響というものが語られることに重点が置かれています。そこがとても面白いです。
 本巻は珍しくカラスミがずっと七姫空澄としての役を演じていたこともあって、ついついこんな無駄に小難しいことを書いてしまいましたが(汗)、大きな展開に意外な展開が重なってとても面白かったです。この先、作者は果たして何を描こうとしているのか? 東和はどのような模様を描くことになるのか? できれば今年中に続きが読みたいのですが、まず無理でしょうね(笑)。
【関連】
萌えと象徴天皇制 - 三軒茶屋 別館
『七姫物語 第六章 ひとつの理想』(高野和/電撃文庫) - 三軒茶屋 別館