『インディゴの夜』(加藤実秋/創元推理文庫)

インディゴの夜 (創元推理文庫)

インディゴの夜 (創元推理文庫)

 第10回創元推理短編賞受賞作「インディゴの夜」を含む連作短編集です。「クラブみたいなハコで、DJやダンサーみたいな男の子が接客してくれるホストクラブがあればいいのに」というフリーライター高原晶の一言から生まれた渋谷のホストクラブ〈club indigo〉。発案者である高原晶はそのまま〈club indigo〉のオーナーとしてクラブを仕切ります。そんな彼女の視点からなる一人称視点の語りが心地よいです。フリーライターでもある彼女は拙い文章を嫌います。そんな彼女が語り手をつとめることによって本書は自然とスタイリッシュな文体になったのだと思います。軽妙なんだけどどこか尖っている語り口が高原晶というキャラクタの魅力を端的に表現しています。
 ホスト探偵団という設定にも触れないわけにはいきません。今でこそホストが登場する物語というのもそんなには珍しくないかもしれませんが、それでも短編賞受賞作が発表された2003年時点では相当珍しかったと思います。ましてやそれがミステリともなればなおさらです。しかも、出てくるホストたちが一般にイメージするものとは異なります。アフロヘアのナンバーワンホスト・ジョン太、長身のキックボクサー・アレックス、ナンパ師出身で猿顔の犬マンなどなど。およそホストらしからぬ外見と源氏名の男の子たちばかりですが、そんなカッコ悪いところも含めてカッコよさとなっている(?)のが〈club indigo〉のウリなのです。
 ホスト探偵団とはよくいったものでミステリの系譜的には少年探偵団の流れに位置付けることができます。つまり、推理や論理といった思弁によるのではなく、チームによる行動によって事件を解決するタイプのものです。なので、計算された伏線とか鮮やかな解決とかそういうのは気にしちゃいけませんし、読んでるうちにそういうのはどうでもよくなってきます(笑)。チームのなかでのキャラクタの立ち具合を楽しむ方が吉です。変な言い方になるかもしれませんが、〈club indigo〉のホストたちのキャラ立ちはイマイチです。しかし、そこがよいのです。主要なキャラクタになりきれない彼らの立ち位置が今の若者の立ち位置そのままとして表れていると思うのです。
 舞台が夜の渋谷のホストクラブなだけに、一般社会とはモラルや価値観、金銭感覚とかに微妙なズレがあります。一般人が気楽に足を踏み入れてはいけない世界がそこにはあります。しかし、そんなアングラな世界にも、いやむしろアングラだからこそ守られなければならないルールはあるわけで、そのために彼らは走り回ります。彼らにとって謎の解決は割り切るためのものではありません。割り切らないこと、もしくは割り切ることのできない矛盾の存在を確認して受容するための行為に他なりません。なぜなら彼らもしくは彼女たち自身が矛盾した存在なのですから。
 以下、各短編について簡単な雑感を。
 インディゴの夜はクラブの上客が何者かに殺害されてホストの一人に容疑がかけられたので真犯人を探し出すお話。作中で唯一「推理」という言葉が出てくるお話ですが、正直浮いてますし柄じゃありません(笑)。〈原色の娘〉は簡単な暗号もの。女性をあしらうことには長けてるはずのホストが小学五年生の女の子には歯が立たないのが可笑しいです。〈センター街NPボーイズ〉は、渋谷区長の娘が撮られてしまったやばい写真の回収を依頼されるお話。ナンパ師用語が一昔前のコギャル語みたく意味不明で楽しいです(笑)。〈夜を駆る者〉は、かつて〈club indigo〉で働いていたホストからの突然の電話と、そのホストの上客だった女性の突然の来訪――しかも血まみれで。ホスト探偵団が大活躍の本作は連作集の最後に相応しいものではありますが、続きを読んでみたい気持ちにもさせてくれます。
 総じて、個性的なキャラクタの集まる探偵団ものとしての面白さは抜群です。謎解きの面白さがあればもっとよいのになと思うことは思うのですが、物語の疾走感・テンポと引き換えにしてまで要求すべきものなのかどうかは疑問なので、これはこれでよいのかなぁと思います。とりあえず、四の五の言わず続きを読んでみるべきなのでしょうね(笑)。
【関連】『チョコレートビースト―インディゴの夜』(加藤実秋/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館