『踊るジョーカー 名探偵音野順の事件簿』(北山猛邦/創元推理文庫)

「まぐれだよ。たまたま犯人に気づいてしまっただけで……ほんとはなんにも解決なんかしてないよ……何もできないただのひきこもりなんだ……」
「ひきこもりで、ニートで、寝癖が直らない、名探偵だ」
(本書p17より)

 気弱でひきこもりながらも卓越した推理力を持つ名探偵・音野順と、楽観的な推理作家のワトソン役・白瀬白夜がコンビを務めるシリーズものです。本書の裏表紙やオビなどに「世界一気弱な名探偵」と銘打たれていることから、気弱な名探偵というのが本シリーズの売りであることは間違いないのですが、ただ、気弱な名探偵、もっといえばひきこもりでニートな名探偵というのは私が知る限りでもそれなりに作品数があります。なんとなれば、ニートやひきこもりといった属性は安楽椅子探偵と相性がいいからです。
 ただ、本書についていえば、気弱でひきこもり気味な音野ですが、名探偵であることによってかろうじて外部との接触が保たれています。そして、それこそが音野の友人にしてワトソン役である白瀬の狙いでもあります。また、推理作家であることからも分かるとおり、白瀬は探偵マニアです。一方で、音野は卓越した推理力こそ有しているものの、そのキャラクタは一般的な探偵のイメージ――傲慢に思えるくらい自信に満ち溢れた態度や遠慮なく容疑者に質問し問い詰めるといった行動とは縁遠い性格です。それゆえ、白瀬はことあるごとに音野に対して探偵らしい態度や行動をとるようけしかけるのですが、それによって探偵というキャラクタに求められるイメージ、すなわち様式美というものが浮かび上がってきます。そんな自然なメタっぽさが本書全体のそこはかとないユーモアな雰囲気を生み出しています。
 本書には、「踊るジョーカー」「時間泥棒」「見えないダイイング・メッセージ」「毒入りバレンタインチョコ」「ゆきだるまが殺しにやってくる」の5編が収録されています。北山猛邦といえば物理トリックですが、本書ももちろん期待にそぐわぬ作品がそろっています。物理トリックという観点からいえば、やはり「踊るジョーカー」が白眉です*1(「毒入りバレンタインチョコ」はトリック自体は悪くないと思いますが、警察が調べているというのに証拠が提示されていく過程がちょっと……)。とはいえ、物理トリック一辺倒の作品群ではありません。個人的には「見えないダイイング・メッセージが一番好みです。ダイイング・メッセージの物理的趣向だけでなく、犯人の狙い・犯人とダイイング・メッセージの関係性といった趣向も面白いです。ダイイング・メッセージをテーマとした作品として傑作の部類に入ると評価してよいと思います。オススメです。

*1:ただし、「黄金の羊毛亭」さんの感想(リンク先「ネタバレ感想」参照)で指摘されているような難点があるのは否めないと思いますが。