『『瑠璃城』殺人事件』(北山猛邦/講談社文庫)

『瑠璃城』殺人事件 (講談社文庫)

『瑠璃城』殺人事件 (講談社文庫)

やりすぎれば、あり得ない。
控えれば、つまらない。
それが物理トリックです。

 『『クロック城』殺人事件』に続く『城』殺人事件シリーズの2作目です。
 『IN☆POCKET』2008年3月号には北山猛邦の『『瑠璃城』殺人事件』文庫化記念インタビューが掲載されていますので、今回はそれを少々参考にすることにします。

 『クロック城』と『瑠璃城』の時はまだミステリなのかファンタジーなのか、自分で明確に線引きをしていなかった感があります。あいまいな形にしていたし、自分でも決めずにいたんです。
(『IN☆POCKET』2008年3月号p28〜29より)

このように、本書はミステリとファンタジーとの境界線が曖昧なものになっています。具体的にいいますと、「生まれ変わり」というものが本書では論理的な裏付けなしに肯定されています。まさにファンタジーです。さらには、探偵役をつとめるスノウウィという不可議な存在が登場しますが、これの正体もまたファンタジーです。これだけファンタジー要素が強いとミステリとしての面白さなどなくなってしまいそうなのですが、それはそれとしてミステリとしても楽しめるのが本書(本シリーズ)の面白いところです*1
 また、『城』シリーズは物理トリックで有名なため”物理の北山”などといわれたりしてますが、これについては次のように述べています。

 ちょっと反省しないといけないのは、本格を知らない人には「物理トリック」というと「物理学」の物理としか捕らえられないんですよ。それでちょっと考えたんですが、「物理トリック」というとわかりにくいので、「図版トリック」というのがいいんじゃないかと思ったんですけどね。
(『IN☆POCKET』2008年3月号p34〜35より)

 確かに「物理トリック」というのは分かりにくいですね。北山作品の趣向が特に「物理トリック」と呼ばれるのにはいくつかの理由があると思われます。第一に、ファンタジーな世界観でありながらトリック自体は私たちの常識的な世界観、すなわち物理法則で解決可能なものが使われていること。第二に、現在の本格シーンが抱えている問題に叙述トリックというのがありますが、北山作品はそれとは一線を画していること。第三に、仕掛け自体が大胆かつ斬新なためにその点をどうしても強調したくなること。おおよそこれらの理由から”物理の北山”と呼ばれるのではないかと思います。しかし、”物理”といっても、そこから連想するような理論や数式モデルとかが出てくるわけではないので、誤解を生みやすいのも確かでしょう。ですから、個性的なトリックを説明するためには付き物の図版に着目しての”図版の北山”というのは分かりやすいです。でも、個人的にはやっぱり物理トリックと呼びたいようにも思うのです。ここでいう物理とは数式モデルとかではありません。イメージとしては「ピタゴラスイッチ」に出てくるピタゴラ装置です。あれは仕掛け自体は単純ではありますが、しかしながら実に緻密な計算の元に作られています。少しでもミスがあったら失敗してしまう難しさがあります。そうした仕掛けをたやすく成功させてしまうための場として、作者は世界を作っていますし、それが作者にとっての「本格ミステリ」なのでしょう。
 実現させるのは難しいトリックであっても小説内であれば成立させることはできます。しかしそれは論理の綱渡りによるもので、実際には綱渡りに近い危ないバランスのもとに成り立っています。そんな危うさから生まれる儚いイメージが、本格でありながらファンタジーな世界を作者に書かせているのかもしれないと思ったり思わなかったりです。
 本書は、1989年の日本の「最果ての図書館」と、1243年のフランス『瑠璃城』と、1916年のフランスとドイツの戦線が舞台となっていて、それらの舞台が「生まれ変わり」でつながることでひとつの物語となっています。物理トリックとしてのアイデアの閃きは『瑠璃城』がピカイチです。確かに図版と物理を組み合わせればそれなりに納得できますが、しかしよくこんなのを考えついたものです。『城』を最大限に利用したスケールのでかさと、それが機能している様子を想像したときのシュールさとのギャップがたまりません(笑)。「最果ての図書館」の密室殺人も嫌いじゃありません。実際にはちょっと無理じゃないかと思うのですがピタゴラ装置的な面白さがあります。最後のひとつはトリックとしての出来は正直落ちます。ただ、塹壕マップにはむにゃむにゃ(笑)。
 物理トリック自体は驚きましたし一読以上の価値がありますが、「生まれ変わり」とかについては、原理主義的なミステリ読みの方であれば特に好みの分かれるところだと思います。ただ、生まれ変わっても繰り返される殺人の輪廻が、殺人事件が当たり前のように発生する本格ミステリを読み続けるミステリ読者としての自らの姿に何となくだぶってきて、そこはかとない面白さを感じたりもしました。ですから、最初の数ページで苦手な空気を感じ取ってしまった方も、それはそれこれはこれ、くらいの割り切りでぜひ最後まで読んでいただければと思います。
【関連】
プチ書評『『クロック城』殺人事件』(北山猛邦/講談社文庫)
プチ書評『『アリス・ミラー城』殺人事件』(北山猛邦/講談社文庫)
プチ書評 『『ギロチン城』殺人事件』(北山猛邦/講談社文庫)

*1:とはいえ、ファンタジー色のない純粋なミステリを楽しみたいというのが本音ではありますが