『シルバーネイル』(ジャック・ヨーヴィル/HJ文庫G)

ウォーハンマーノベル シルバーネイル (HJ文庫G ジ 1-1-4)

ウォーハンマーノベル シルバーネイル (HJ文庫G ジ 1-1-4)

 シリーズ最後の4冊目となる本書には中編5作が収録されています。これまで語られてこなかったこと、あれからどうなったのか、などなど。ここまでシリーズを読まれてきた者としては気になるものばかりです。

第一話 赤い渇き

 『ドラッケンフェルズ』においてオスヴァルトたちと共にドラッケンフェルズを倒した後、〈永遠の夜と慰めの教団〉で隠遁生活を過ごす前のジュヌヴィエーヴと、図らずも彼女と行動を共にすることになる傭兵ヴコティッヒの物語です。彼女たちは極端な清廉を奨励する宗教家グリンカの率いる十字軍に捕らえられてしまいますが、鎖でつながれたまま何とか脱出することに成功します。その逃避行の最中、混沌の勢力によるグリンカ暗殺の陰謀を知ってしまいます。ジュヌヴィエーヴはその陰謀を阻止することを決意し、ヴコティッヒは無理やりそれに付き合わされることになります。
 秩序イコール正義でもなければ、混沌イコール悪でもありません。そのことは、法の名の下にユダヤ人に悪逆の限りを尽くしたナチスの例を見れば明らかです。法の盲信はときに邪悪よりも始末におえなくなります。法を信じるためにはそれを疑うことも必要なのです。
 この物語の最も重要なキャラクタは傭兵ヴコティッヒです。後にヨハン・フォン・メクレンベルク男爵の師として登場する彼の心情がこの物語ではたっぷりと語られています。自分自身の心の声にしか従おうとしない彼が、いかにして変わったのか。後の物語と照らし合わせるととても切ないです。

第二話 灰色山脈にもう金はない

 無人ドラッケンフェルズ城砦で一夜を過ごそうとする盗賊たち。って、そんなの明らかな死亡フラグじゃないですか(笑)。彼らを襲う”老女”の正体を不覚にも意外に思ってしまったのは私がまだまだ常識に捕らわれている証拠ですね(苦笑)。

第三話 もの知らぬ軍勢

 『ベルベットビースト』で間接的に重要なエピソードとして語られた、ヨハンとその師ヴコテッィヒの十年に渡る〈混沌の将帥〉シカトリス追跡の物語です。シカトリスを倒すため、さらわれた弟ウルフを救うため、ヨハンは十年も旅をしました。その間、彼は幾多の戦いを乗り越えて成長しました。その彼と常に共にあった〈鉄の男〉ヴコティッヒ。『ベルベットビースト』を読まれた方であればこの旅が迎える結末はすでにご存知のことでしょう。この物語は、徹底してヨハンの視点からのみ語られます。〈鉄の男〉ヴコティッヒは師としても戦友としても変わることなく頼りになり尊敬できる戦士です。それでも、ヴコティッヒが、自らの弟子でもあるウルフと対峙したときに、果たしてどのような行動を取るつもりなのかは分かりませんでした。彼の内面は最後まで語られません。そこがすごいと思います。

第四話 ウォーホーク

 『吸血鬼ジュヌヴィエーヴ』の第一部でも少し話題になっていた戦鷹(ウォーホーク)事件です。この事件を担当することになるのは『ベルベットビースト』でお馴染みのハラルドとロザンナのコンビです。魔法が支配する世界にあって、犯人であるウォーホークの価値観は特異なものです。

これは魔法ではなく錬金術であり、真の科学だ。魔法は魔術師でなければ使えないが、錬金術は正しく手順を踏むことで誰にでも使える。魔術師は空中にある燃素で火を出現させて、ふつうの人間が硫黄マッチで火をつけるのを傲慢にもせせら笑う。しかし魔法は最後にきれいさっぱり消えてしまう。ウォーホークは神秘と盲信の雲のなかではなく、論理と均衡の確かな原則にのっとって空を飛ぶのだ。それにはさしあたって、血の犠牲が必要だった。
(本書p226より)

 頭のおかしい狂信者の戯言としか思えませんが、しかしながら、こうした狂気もファンタジー世界のなかにあっては科学的なものとして位置づけられるのがとても面白いです。科学に基づく合理主義が決して狂気を排するものではないことを作者は暗に示しているのでしょう。
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第五話 吸血鬼戦争ふたたび

 最後を飾るのは『吸血鬼ジュヌヴィエーヴ』の第一部のデトレフとジュヌヴィエーヴの後日譚です。このシリーズにはたくさんの魅力的なキャラクタが登場しますけれど、それでもこの二人のカップルが一番なのは間違いありません。ですから、二人の物語が読めるのは素直に嬉しいです。この物語では、ジュヌヴィエーヴの〈闇の祖母〉であるメリッサが登場して、デトレフとジュヌヴィエーヴの仲を引っ掻き回します。外見年齢は十二歳でありながら実際には千百歳を超える長命です。ますます『ネギま!』のエヴァンジェリンみたいですね(笑)。
 本作で起きている吸血鬼迫害運動は人種差別騒動のそれとシンクロします。また、物語の最後で明らかになるシスター・リーゼルの境遇は問題意識として『ベルベットビースト』の真犯人が抱えていた苦悩とも重なります。そうした問題が、長命の者であるジュヌヴィエーヴの存在によって浮かび上がってくるのが面白いところです。このシリーズって、ファンタジーでありながら意外と社会派なんですよね(笑)。とはいえ、最後はやっぱりジュヌヴィエーヴとデトレフの二人の物語として幕を閉じます。シリーズのラストを飾るのに相応しい作品だと思います。
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