ジャイロ・ツェペリのモデル『死刑執行人サンソン』
安達正勝『死刑執行人サンソン』(集英社新書)は、オビの荒木飛呂彦先生のコメントにもあるように、第7部『スティール・ボール・ラン』のジャイロ・ツェペリのモデルである、死刑執行人シャルル-アンリ・サンソンの生涯を描いた本です。
彼の数奇な生涯とともにフランス革命の裏側を知ることができた、大変興味深い一冊でした。
彼の生い立ちや境遇は、荒木先生が「モデルにしている」というだけあって非常に共通する部分が多いです。この本を読めばジャイロ・ツェペリについて、より深く理解できるかもしれません。
(1)代々死刑執行人の一族である
サンソン家は、六代にわたってパリの死刑執行人を務めた家系です。
死刑執行人は社会の枠組から外れ、差別に耐え、ひっそりと生きることを強いられました。また、処刑人の子は処刑人であり、厳しい世襲制が取られてきました。一族の頸木から逃れほかの職業につこうとした者もいましたが、ふとしたところで身元がばれてしまうと客がまったく寄り付かなくなり、店を畳まざるを得ない、というぐらい彼らに対する差別は徹底していました。
一方でジャイロ家も380年にわたり死刑執行の役職につき、代々引き継がれてきました。ジャイロは13歳になったとき、父親の本当の仕事を知り、彼の跡継ぎとなるべく仕事の助手を務めるようになります。
(2)副業として医者をやっている
また、サンソン家では代々医業を副職にしてきた。
(中略)
いろいろな刑を執行していた死刑執行人は、どこをどう叩けばどうなるか、どこがいちばんの急所かといったことを体得し、人体の生理機能に詳しくなるのである。(p22)
(3)若いころブイブイいわせてた
(1)(2)はサンソン家とツェペリ家の共通点でした。
次に、『死刑執行人サンソン』の主人公であるシャルル-アンリ・サンソンとジャイロ・ツェペリの共通点です。
死刑執行人という職業ながら、シャルル-アンリはハンサムでおしゃれ、そしてダンディーでした。女好きとの評判もあり、実際身分を隠し偽名を使って数々のアバンチュールを重ねていた時期もありました。*1
一方のジャイロ・ツェペリも若いころブイブイ言わせていました。
(4)死刑執行人という職業でありながら死刑制度に疑問を持っていた
ジャイロ・ツェペリは靴を磨いてただけの少年・マルコが国王暗殺計画を聞いていただけで「死刑」に処されようとしているのを知り、法廷に異議を唱えました。
父親から「法の絶対」を説かれながらも自らが「納得したい」と強く願ったジャイロは、国王の恩赦を求めるため過酷な「スティール・ボール・ラン・レース」に身を置きます。
シャルル-アンリ・サンソンもまた、死刑執行人でありながら死刑制度に疑問を感じていました。
彼はフランス革命、恐怖政治、そしてナポレオン政治と激動の時代のなか「死刑執行人」として様々な人物を処刑し、また人々が人々を「処刑」する様を見てきました。
彼は苦悩します。
この世の正義の最後の段階をになっているはずの自分たち死刑執行人が忌むべき存在として世間から除け者にされるのは、人を死に至らしめることによって社会秩序を保とうとする、その正義の体系そのものが忌むべきものだからではないのか?もし、死刑制度が正義にかなう絶対的に善きものであるならば、自分たち死刑執行人は人々に感謝されこそすれ、忌み嫌われ、蔑まれるはずがない。(p236)
声高らかに叫ぶことはできませんが、彼は死刑制度の廃止を強く願いました。*2
「死刑制度は間違っている!」
彼はナポレオンが死刑制度の廃止に向けて何らかのイニシアティヴを取ってくれるかも知れないと期待して、新聞を毎日念入りに読み続けました。彼が目にすることを願っていた文字列は、「フランスにおいて、死刑制度は最後的に廃止された」でした。しかし、それらしい兆候を告げる記事を目にすることはついにできませんでした。*3
フランスで死刑制度が廃止されたのは、シャルル-アンリ・サンソンの死から175年もの月日が必要とされたのです。
「死刑執行人」という職業を通してフランス革命の裏側を描いたこの本は、「ギロチンは「自由と平等」の思想に基づいて生まれた」など、これまでの既成概念にカウンターパンチを与えます。「死刑執行人」とは?そして「死刑」とは?読む者の心に大きな楔を打ち込むことでしょう。
そして、「死刑執行人」であるジャイロ・ツェペリのバックボーンを感じ取り、『スティール・ボール・ラン』をいっそう深く楽しむためにも、ぜひ多くの人々に読んでもらいたい一冊です。
死刑執行人サンソン ―国王ルイ十六世の首を刎ねた男 (集英社新書)
- 作者: 安達正勝
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2003/12/17
- メディア: 新書
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(蛇足)ジャイロとジョニィ
『死刑執行人サンソン』を読むと、死刑執行人の一族はまともに街を歩けず、子供にはまともに教育を受けさせてあげられず、など通常の生活が困難だという表記が多々ありました。
『スティール・ボール・ラン』では死刑執行人の職業そのものに対する偏見などは詳細に書かれていませんが、自身の一族の「本当の職業」を知ったジャイロも、同様に身分を隠して人と接せざるを得ない状況だったと思われます。
そして、スティール・ボール・ラン・レースで出会ったジョニィ・ジョースターは、彼が「死刑執行人」の一族だということを知りながら、態度を翻すことなく付き合ってくれている初めての*4人物です。
過酷なこのレースでジャイロ・ツェペリが初めて得た「友人」、それがジョニィ・ジョースターなのです。