『吸血鬼ジュヌヴィエーヴ』(ジャック・ヨーヴィル/HJ文庫G)

ウォーハンマーノベル 吸血鬼ジュヌヴィエーヴ (HJ文庫G)

ウォーハンマーノベル 吸血鬼ジュヌヴィエーヴ (HJ文庫G)

 本書は『ドラッケンフェルズ』の続編に当たります。中編3本が収録されていますが、時系列を考えますと、普通に前作から順番どおりに読まれることをオススメします。

第一部「流血劇」

 前作『ドラッケンフェルズ』の続編に当たるストーリーです。『ドラッケンフェルズ』があまりにも完璧な出来なので、その後の物語を描いたところで蛇足にしかならないのではと思いましたが、本作を読む限りでは杞憂に過ぎなかったようです。
 ドラッケンフェルズ城での事件のあと、デトレフは劇団〈ファーグル・ブロイゲル〉の座元として成功を収めていました。ジュヌヴィエーヴも、劇団員としては参加しないものの、デトレフと一緒に生活をしていました。そんな中で行なわれる新作劇『ジーヒル博士とカイダ氏』。それは、デトレフがドラッケンフェルズとの戦いで心のうちに抱えてしまった闇を色濃く反映した物語です。公演は初日から拍手喝采の大成功を収めますが、かつて葬ったはずの闇の死者が彼とジュヌヴィーエーヴのもとに迫ってきて……といった感じの内容です。
 『ジーヒル博士とカイダ氏』は、語感から察せられますように『ジーキル博士とハイド氏』をモチーフとした演目ですが、それよりも善悪の境界が曖昧かつ混沌としたものにモデルチェンジされているのが特徴です。また、物語の冒頭から劇団の全容と一人の女優の成長を影ながら見守っている存在”落とし戸の悪魔”。これはまさに『オペラ座の怪人』をモチーフにしたものです。このシリーズの読者層がどういったものなのか私にはサッパリ分からないのですが(笑)、ライトノベル読者の方であれば、『”文学少女”と穢れ名の天使』と読み比べてみるのも一興かと思います。
 閑話休題ですが、つまりこの物語は、内側に『ジーキル博士とハイド氏』、外側に『オペラ座の怪人』というフィクションとフィクションの狭間に位置するフィクションなのです。虚実ないまぜの物語を作ることで知られる作者ですが、本作でもやはり虚実がないまぜになっています。それだけではなく、善と悪、美と醜、操るものと操られるもの、演じるものと演じられるものといった関係すらもないまぜとなっていきます。そんな登場人物たちの抱える苦悩が物語にたとえようのない奥行きを与えています。傑作です。

第二部『永遠の闇の家』

 メルモス・ユードルフォは、幾ばくもない余命の中で自らの遺産の分割方法について頭を悩ましています。かわいそうだがジュヌヴィエーヴにははずれてもらおう……って、ちょっと待った。ジュヌヴィエーヴの父親は600年以上も前に死んでるじゃないですか。いったいどういうこと??? 詳しいことは語れませんが、虚実へのこだわりの強いジャック・ヨーヴィル(=キム・ニューマン)らしすぎる趣向だと思います。実のところやっちゃいけない禁断のオチではあるのですが(笑)、まあこれはこれで面白いと思います。

第三部『ユニコーンの角』

 おそらくソードワールド(=アレクラスト)の世界観のイメージが私の中で強いからだと思われますが、ユニコーンを堂々と狩りの対象とすることに驚きと違和感がありまくりでした(笑)。それはさておき、ジュヌヴィエーヴがユニコーン狩りに紛れてある人物の暗殺を実行させられる物語です。600年以上もの長寿でありながら、それでもなお汚濁にまみれて世俗に縛られる生き方。それこそが彼女の魅力なのでしょう。
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