ハチワン=081=オッパイと読んでしまう人のための『ハチワンダイバー 5巻』将棋講座

ハチワンダイバー 5 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 5 (ヤングジャンプコミックス)

 『ハチワンダイバー 5』(柴田ヨクサルヤングジャンプ・コミックス)をヘボアマ将棋ファンなりに緩く適当に解説したいと思います(ただし、今回は少々問題があります。将棋の内容よりも物語を楽しみたいという方は読まない方がいいかもしれないことを予めお断りしておきます)。
(以下、長々と)
 5巻は何といっても斬野対ハチワン戦の相三間飛車戦がメインですから、それを中心に解説していきます(以下、盤面は先手番の斬野が下、後手番のハチワンこと菅田が上で統一します)。
 p66(第1図)の局面からです。
●第1図

 先手番となった斬野は前回と同じく新早石田流三間飛車を指してきました。同じ戦法を指す以上は対策を練られていることも覚悟しなければなりません。しかし、前回ハチワンフルボッコした戦法ですし、リベンジマッチを受けたからには違う戦法を選択するのは気合い負けという斬野の性格が伺える場面だと思います。対するハチワンの用意してきた対策ですが、相三間飛車という最も激しい戦法を選択しました(p76。第2図)。
●第2図

 見ての通り先後同型です。相振り飛車という戦型自体がまだまだ定跡が未整備な段階で指しこなすのに困難を伴いますが、その中にあって相三間飛車というのは特に難しい戦型です。互いの角と角が睨み合い、互いの飛車が互いの咽喉元に牙を突きつけている一触即発の序盤戦型です。先手は仕掛けようと思えば仕掛けることはできますが、後手としてはそれに対してカウンターを狙っています。
 相振り飛車という戦型は、相居飛車、あるいは居飛車振り飛車対抗型と比べて定跡が未整備の分野ではありますが、近年少しずつ定跡が整備されてきています。相三間飛車の序盤が解説されている本としては、『新相振り革命』(杉本昌隆/MYCOM将棋文庫SP)がオススメです(もっとも、本譜のような展開はフォローされてませんが・汗)。 斬野はとりあえず端歩を突きハチワンも素直にそれに応じました(p78〜79)。これは角の動きを良くするという意味もありますが、間合いを取るという意味合いの方が大きいです。▲6六歩と角道を止めれば局面自体は収まりますが、それでは作戦負けになってしまいます。斬野は▲5八金左としました(p80。第3図)。
●第3図

 この手はハチワンのいうように局面を収めにいった手ではあります。ただ、この手によって王様の前の3枚の歩を守ることで、例えば角交換が行なわれた場合の相手からの角打ちの効果を緩和する働きがあります。つまり、これによって次は斬野から角交換するのが有効になるわけです。これに対して、穏やかにいくなら後手も追随して△5二金左とするのが普通の発想じゃないかと思います。ところがハチワンはここから敢然と仕掛けます。△3六歩!(p81。第4図)
●第4図

 こんな手が本当にあるのでしょうか。私には難しすぎてよく分かりません。ただ、怖い局面になってしまったことだけは確かです。そして、ここからはまさに嵐のような展開。互いの飛車と角が盤上激しく動き回り、互いが手にした香車が双方の陣をえぐり合います。第4図から、▲同歩△同飛▲9五歩(p85)△同歩▲7四歩△同歩▲2二角成△同銀▲5五角△3三角▲9一角成△9九角成▲3八香(p86)△9六飛▲9七歩(p87)△7六香(p88。第5図)
●第5図

 激しい序盤からあっという間に終盤戦へと突入してしまいました。▲9五歩の意味が指されたときには分からなかったのですが、後手の飛車がスライドしてきたときに▲9七歩で仕留める狙いがあったのですね。恐ろしい読み筋です。ただ、作中では斬野が直後の△7六香を「ツライ手だな」と評していますが、実際にはかなり厳しい手だと思います。この後、斬野は飛車を逃げずに▲9六歩と飛車を取っています。代わりに▲6八飛とすれば一旦は飛車が助かりますが、それだと△7九香成〜△8九馬〜△7八成香の追撃が早くて厳しそうです(それでもかなり難しそうですが)。もはや終盤戦なので駒の損得だけでなく互いの玉の危険度・安全度といった速度計算も重要視されます。ここでの飛車の取り合いは、先手の飛車を召し取った成香(▲同銀としても△7九飛があるので取り難い)が先手玉に迫っているのでかなりスリリングです。一方の後手玉ですが、3八にいる先手の香車によって右辺への逃げ道が限定されてしまっていて(反面、香車が壁になって先手玉の逃げ道を狭くしているという側面も。結果論ですが、香車は3七に打った方が良かったかもしれません)、さらに左側からは馬が迫ってきています。どっちを持っても怖い局面です。
 第5図からの想定手順ですが、▲9六歩△7八香成▲8一馬△6九飛▲4八玉△7九飛成▲7三桂△5五馬▲6一桂成△同玉▲7二金△同銀▲7一飛△5二玉▲7二馬△3五歩▲5六歩△1九馬▲3七桂(p92。第6図)
●第6図

 さて、問題の局面です。ここで斬野は自分の跳ねた桂を”詰めろ逃れの詰めろ”と評しています(p100より)。詰めろとは、作中にある通り、受けなければ詰むこと(p99より)、です(詰めよ、ともいいます)。そして、”詰めろ逃れの詰めろ”とは、自玉の詰めろを消しつつ相手玉に詰めろをかける攻防の手のことを指しますが、一手巻き戻して▲3七桂と跳ねる前の盤面をよーく見てみましょう(第7図)。
●第7図

 どうでしょう。私なりに頭を使い、さらにはパソコン様にもお伺いを立ててみましたが、どうも先手玉は詰めろではないようなのです。さらに言うと、第6図の局面も、後手玉は確かに不安定ではありますが、紙一重のところで詰めろにはなっていないはずです。ですから、作中での詰めろ逃れの詰めろを巡るやり取りは、本作に限っては間違いだと言わざるを得ません(違う結論をお持ちの方はご指摘頂ければ幸いです)。詰めろ逃れの詰めろ、さらには詰めろ逃れの詰めろ逃れの詰めろの応酬ということでしたら、むしろ3巻の文字山戦がそれに該当しますので、そちらを吟味されることをオススメします。
 閑話休題で漫画の方に話を戻しましょう。詰めろでないとはいえ、▲3七桂のところは非常に緊迫した局面です。そこで放たれた手が、△3六桂▲5七玉に△3七馬!(p113。第8図)
●第8図

 この馬切り、△6五桂からの詰めろですが、取ってもやはり△6五桂から先手玉は詰んでしまいます。桂打ちを防ぐために▲6四銀としても△4五桂の一手詰みで、先手玉はもはや受けのない状態、つまり必死(必至)です。上述のとおり、この手は詰めろ逃れの詰めろ逃れの詰めろではないかもしれませんが、でもこの収束はとても鮮やかです。受けがないので斬野は▲6一馬(p119)と仕方なく寄せに出ましたが、以下、△4二玉▲4三馬△同玉▲4一飛成(p120)△4二歩(p121。第9図)
●第9図

 第9図では後手玉は詰まないのに対し先手玉は必死。投了もやむなしです。短手数ながらとても濃密な将棋だったと思います。
 ちなみに、この将棋のモデルとなっているであろう棋譜があります。2005年11月30日王座戦・阪口対宮田戦がそれです(参考:棋譜でーたべーす。ただし、序盤の手順が少し異なります)。ご参考まで。
 さて、第48話からはハチワン・そよ・斬野VS澄野の三面指しが始まりました。三人とも初手▲7六歩に対し、澄野は三面とも△5二飛と指しました(p198〜199。第10図)。
●第10図

 いわゆる原始中飛車と呼ばれる指し方で、1巻ハチワンも指したことのある戦法です。ただ、ハチワンも言ってるとおり、あれは1分切れ負けの将棋だったから有効だっただけで、常識的には損な指し方です。もっとも、手順次第ではすぐに普通の中飛車に戻すこともできるので油断は禁物ですが、それでも対応策はいくらでもあります。実際、澄野の原始中飛車に対して三者三様の指し方が見られます。一対一の対局とは違い、将棋の様々な可能性が見られるという点で多面指しというのも悪くはないですね。
●菅田対澄野(p212)

 ハチワンは守りもそこそこに相手の端角を咎めての攻め合いに出ました。確かに相手の弱点を突いた攻めではありますが、自玉が相手の角のラインに入ったままなのが気になります。
●そよ対澄野(p208)

 そよは、▲4八銀〜▲4六歩と中央からの攻めにしっかり備える指し回しです。”受け師”の異名に相応しい指し方です。長期戦が予想されます。
●斬野対澄野(p208〜209)

 斬野は対ハチワン戦と同じく三間に飛車を振りました。相振り飛車戦では中飛車には三間飛車が比較的指しやすい戦型とされています。ですから、二手目で△5二飛としてくれるのであれば、三間飛車党なら躊躇なく三間に飛車を振るところです。原始中飛車のデメリットだと言えます。この後、斬野は玉を右側に移動させて囲うことになります。このとき、居飛車の二人とは違い原始中飛車側が端に角を覗いてもそのラインに角が入らないので玉が囲いやすいというのもメリットです。
 個人的には三人の中だと斬野側を持って指してみたいです。三面指しの勝負の行方は如何に。次巻が楽しみです。


 ま、こんなところでしょうか。好きな漫画なので長々と語ってしまいました。何かありましたら遠慮なくコメント下さい。ばしばし修正します(笑)。
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