ハチワン=081=オッパイと読んでしまう人のための『ハチワンダイバー 19巻』将棋講座

ハチワンダイバー 19 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 19 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 19』(柴田ヨクサルヤングジャンプ・コミックス)をヘボアマ将棋ファンなりに緩く適当に解説したいと思います。

鈴木大介八段対鬼戦

 石田流(三間飛車)といえば、ハチワン読者であればまずは早石田のことを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。3巻で斬野が菅田相手に指した戦法で、その後もハチワンでは課題として盤上に現われ続けている指し方です。そんな早石田ですが、後手の同意がなければ現われない指し方でもあります。つまり、初手から▲7六歩△3四歩▲7五歩△8四歩▲7八飛と先手が石田流三間飛車を明示した局面。ここがひとつの分岐点です。
●分岐点

 ここで△8五歩と突けば3巻や7巻で現われた「早石田流三間飛車」となります*1。大駒が派手に飛び交う大乱戦となりますが、その水面下には緻密な研究が幾重にも張り巡らされており半端な覚悟では指せない指し方です。
 ですが、後手が急戦を警戒して△6二銀と備えた場合に、それでも▲7四歩と仕掛けても△7二金と受けられて無理筋とされています。本局の鬼も△8五歩と突くのを保留して早仕掛けを警戒してきました。そこで先手としては早くない石田流を目指すことになります。それが「石田流本組」です。ちなみに、「石田流本組」は江戸時代中期の盲目の棋士・石田検校が編み出したいわれる歴史のある戦法です(【参考】石田流 - Wikipedia)。
●第1図

 先手の陣形に注目して欲しいのですが、第1図の左辺の飛車角桂馬の配置を一般に「石田流本組」と呼びます。囲いは穴熊の場合もありますが、バランスを重視した美濃囲いが一般的です。つまり、第1図の先手の陣形は典型的な「石田流本組」ということになります*2
 石田流に対しては棒金や穴熊といった対抗策もありますが、本局の鬼は左美濃〜銀冠を採用しました。石田流対策としては極めてオーソドックスな指し方だといえます。そして、用意の一手「石田流崩し」を仕掛けます。それが△9五歩です。
●第2図(本書p35より)

 狙いは作中でも解説されているとおり、▲9五同歩△7四歩▲同歩△9五香▲9六歩△7五歩▲同飛(同角)△7四銀の手順による「石田流本組」の崩壊です。絶体絶命かと思いきや、鈴木八段は強気の手順で応じます。第2図以下▲9五同歩△7四歩▲同歩△9五香に角取りを受けずに▲8五桂!
●第3図(p48より)

 角は取られますが桂を捌くことによって左辺を制圧し攻め続けることが可能という判断です。ちなみに、この桂跳ねからの逆襲は、先手後手双方の陣形が異なるものの*3、『石田流の極意―先手番の最強戦法』(鈴木大介毎日コミュニケーションズ)p114以下にて紹介されています。石田流を指す上で覚えておきたい手筋です。
 ▲8五桂以下、△9七香不成▲7三歩成△同桂▲同桂成△7一飛▲9七香△7五歩▲同飛△7四歩▲7二歩と強引に捌き(p53)、△7四歩▲7一歩成と互いに飛車を取りあい、後手が△5四銀と銀を逃がしたところで▲7二飛と飛車打ちを先着。
●第4図(p54より)

 角は取られましたがダイヤモンド美濃の堅陣を残したまま先攻することができます。先手好調です。この後ですが、後手も同じく△9八飛と飛車を打っての攻め合いとなった場合には△6二成桂から普通に攻め合えばよいと思います(ただ、p55の一コマ目などを見ると成桂を動かさずに攻めが続いているみたいです。どういう手順で進んだのかよく分かりません)。
 ちなみに、”捌く”という専門用語ですが、『日本将棋用語辞典』(東京堂出版)では次のように説明されています。

捌く【さばく】
 働きの悪い駒がいい位置に行って使えるようになったり、持ち駒になったりして、駒の効率が上がったような時に言う。振り飛車系の将棋で使うことが多く、久保利明八段*4は「自分の将棋は捌きが特徴なので、そこを見て欲しい」というようなことをよく言っている。振り飛車では、特に飛車や左の桂馬が中央に活用できた時に、「うまく捌けた」と言う。
(『日本将棋用語辞典』p87より)

 角や飛車といった大駒は確かに価値の高い駒ですが、働かなくては意味がありません。大駒や金銀が役に立たないまま盤上にぽつんと残ってしまった投了図は侘しいものです。駒を活用することはとても大切です。
 その後、鈴木八段は後手からの攻めを見切って余して一気に寄せます。
●第5図(p58〜59より)

 図の金打ちで後手玉は詰んでいます。△同玉は▲4二角成△4四玉▲4五歩△同銀▲同金△同玉▲5六銀△4四玉▲4五歩△5四玉▲6六桂まで。△同銀も▲4五桂で△3二玉なら▲4二金、△4四玉なら▲5三角成まで。投了もやむなしです。
[2012.2.7追記]
 ちなみに、この将棋には元棋譜がありますので参考まで。
【参考】順位戦2007年12月21日:鈴木大介 - 高橋道雄(将棋の棋譜でーたべーす)

棋譜並べ

 棋士には、「勝負師」としての顔、「研究者」としての顔、「芸術家」としての顔という三つの顔があるとされています*5。してみれば、そうした棋士の残した棋譜にもそうした三つの側面が投影されているといえます。名曲ならぬ「名局」という言葉もありますが、それはその将棋の、ひいては棋譜の芸術的価値を評価してのものだといえます。そうした棋譜は私たちアマチュアが無心に並べても楽しいものです。
 他にも、棋譜並べには勉強のための手段としての側面と、対局相手の得意戦法や棋風・実力を知るための手段としての側面があります。
 谷生の棋譜を渡されたそよ。谷生を倒すという本来の目的からすれば、谷生の棋譜を読むというのは対戦相手の実力や棋風の調査という「勝負師」としての顔がもっとも強く現われてこなくてはならないはずです。ですが、そよは谷生の棋譜のすごさに圧倒されただただ並べることに没頭してしまいます。それは、谷生の棋譜の芸術的価値と学術的価値に翻弄されたものだといえます。自分より強い棋士棋譜を並べることは有力な将棋の勉強方法とされています。つまり、谷生とそよの間には勝負以前にそれだけの実力の差があったということになります。
 ちなみに、棋譜並べといえば、昔はそよが作中で行っているように棋譜を読んで自分の手で盤上の駒を動かす方法しかありませんでした。ところが、パソコンが普及し棋譜がデータベース化された現在では、マウスをクリックするだけでパソコンの画面上の駒を動かして棋譜を並べることもできます(連続クリックで棋譜を並べることを「高速棋譜並べ」と呼びます)。
 たくさんの棋譜を効率よく並べるのにパソコンは便利です。一方で、

 私は、パソコンで棋譜を調べ、興味がある局面は実際に駒を使って盤に並べてみる。パソコンの画面は自動的に動いてくれて便利だが、次々と進んでいく。「次を早く見たい」という気持ちで駒を進めてしまい、その一手の重みのようなものが実感できない。
『決断力』(羽生善治角川書店)p127より

という意見もあって、棋譜の並べ方も人それぞれです。
(当ブログは基本的にハチワンについては将棋のことしか触れないようにしてるので上記のような淡々とした記述に終始しましたが、谷生の棋譜にそよが侵食されていく過程にはぞくりとさせられました。棋譜並べオソロシス。)

マンガ・エロティクス・エフ vol.68」柴田ヨクサル×おがきちか対談

 たまには将棋以外の観点からハチワンについて少々。
 「マンガ・エロティクス・エフ vol.68」柴田ヨクサル×おがきちかの対談が収録されています。ハチワン19巻と直接の関係はないのですが、ハチワン読者的に非常に興味深い内容でしたのでこの機会に簡単に紹介させていただきます。
 例えば、「柴田ヨクサル、BLを語る」という段落があるのですが、そこでは次のようなことが述べられています。

柴田 あの人たちは、本当に純愛なんですよね。見返りもないし、相手が好きなだけで何が欲しいということでもないし、子孫を増やしていくということでもない。人間が好きでしかも男が好きだというのは、動物の愛情ではないですよね。だから、これは突き詰めていっていい話だと思います。多分、文化が高くなりすぎて、男は男が好きになってしまったんですよ。
マンガ・エロティクス・エフ vol.68」柴田ヨクサル×おがきちか対談p8より

 以前、将棋とやおいと攻めと受けという駄文を書いたことがあるのですが、BLと将棋はともすれば相性がよい題材のはずです。ですが、ハチワンでは安易に両者を結びつけることなくBLが描かれています。それも柴田ヨクサルがBLについて独特のこだわりを持っているからでしょう。19巻についていえば、澄野と斬野の関係について考えさせられます。
 他にも、

柴田 (略)『ハチワンダイバー』もセリフを少なくしようと思っていました。それに加えて、パンチ*6を打つときの「バチッ」という音などを、全てフキダシの中に描いています。そうするとテンポが上がるんです。
おがき 今気がつきました。なるほど。
柴田 フキダシだけを読んでいけばどんどん話を追えるから(将棋の)局面とか、複雑なことを考えなくてもよくなるんです。
マンガ・エロティクス・エフ vol.68」柴田ヨクサル×おがきちか対談p15より

とか、裁ち切りを使わなかったりどんな漢字にもルビを振ってもらうなどして、読むのを止めないようにする工夫の徹底について語られています。もちろんストーリーについて(谷生強すぎ、とか)語られている箇所もあります。興味のある方にはぜひ読んでいただきたい対談です*7


 以上ですが、何かありましたら遠慮なくコメント下さい。ばしばし修正しますので(笑)。



【関連】
・『ハチワンダイバー』単行本の当ブログでの解説 1巻 2巻 3巻 4巻 5巻 6巻 7巻 8巻 9巻 10巻 11巻 12巻 13巻 14巻 15巻 16巻 17巻 18巻 20巻 21巻 22巻 23巻 外伝
柴田ヨクサル・インタビュー
『ハチワン』と『ヒカルの碁』を比較してみる
日本将棋用語事典

日本将棋用語事典

*1:ただし、最近の研究では△8五歩に対して▲7四歩と早石田を仕掛けても上手くいかないのではという見解も有力になってきています。そこで、△8五歩に対しても▲7六飛と飛車を浮く指し方も最近になって現われ始めています。【参考】第36期棋王戦五番勝負第1局:久保利明棋王対渡辺明竜王戦

*2:ちなみに後手の陣形は私の推測です。まず間違いないとは思いますが念の為。

*3:先手陣が平美濃で後手陣が天守閣美濃。

*4:現在は九段にして棋王・王将の二冠保持。

*5:『構想力』(谷川浩司/角川書店)p86より。

*6:これは文脈的に「駒」の誤植だと思われます。

*7:当記事ではハチワンについての箇所しか抜粋しておりませんが、本来はおがきちか特集の一環としての対談です(笑)。なので、『Landreaall』などに興味のある方もぜひ。