城平京『スパイラル 鋼鉄番長の密室』エニックス

 ある夜、牛乳の買出しのため街に出た鳴海歩は公園で踊る一人の少女を見かける。その少女に難癖つけられて、しまいにはとあるバッチを投げつけられる。「このバッチ、あんたが持ってなさいよ!」
 バッジには、十字に「鋼」の一文字が書かれていた。なんとこのバッジ、伝説の番長、「鋼鉄番長」のものだったのだ。
 次の日、鳴海は立ち寄った新聞部の部室でバレエを踊っていた少女と再会する。
 新聞部部長であり鳴海の(自称)パートナーである結崎ひよのに対し、彼女は依頼をする。
 「40年前に密室で自殺した鋼鉄番長の死の真相を突き止めて」
 鳴海歩は鋼鉄番長の密室の謎を解くことが出来るか?

スパイラル〜推理の絆〜』ノベライズ全4巻の「最高傑作」と名高い一冊です。
 主人公・鳴海歩がとある女性のために、45年前に自殺した「鋼鉄番長」の死の真相を推理する、というお話です。
 タイトルの「鋼鉄番長」からもわかるとおり、物語前半では鋼鉄番長が生きていた「戦国番長時代」が滔々と語られます。鳴海が適宜ツッコミを入れていますが、鈴木央大番長かというほどのトンデモ歴史であり、通常のミステリー小説であれば「なんじゃこりゃあっ!」と読者が本を壁に投げつけてしまうでしょう。今作は「漫画のノベライズ」というポジションを存分に活かし、「漫画のようなトンデモ歴史」を読者に受け入れさせることに成功しているのです。
(余談ですが、この番長史、「野望の帝国」の影響とも言われておりますが作者いわく『ゼウスガーデン衰亡史』とのことです)
 そしてこのトンデモ歴史のなかで起こるひとつの事件。当時を知る人は少なく、鳴海歩が推理の礎とするのは当時を語る歴史書とひとつのアイテムだけ。ここから、「推理」によって事件の真相を展開していくのです。
 未読の方向けに多くは語りませんが、真相は3つ用意されています。物理的な密室、心理的な密室、そして歴史の密室。
 限られた情報から真相にたどり着き、解決したかに思われる真相を次の真相で否定するという展開は古今東西のミステリー小説で見受けられますが、今作『鋼鉄番長の密室』はそれらの作品に比肩すると思います。密室の謎そのものも納得できるものであり、単純なミステリーとしてもよく出来ています。漫画のノベライズという「世界」だからこそこの物語は成立しますし、かといって子供だましの内容ではない、非常に贅沢な一品だと思います。
 タイトルはイロモノっぽく思えますが、さにあらず。「推理」を満喫できる一冊です。この作品単体でも楽しめますので、まずこの小説から読み始める、というのもアリかと思います。
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