『ミハスの落日』(貫井徳郎/新潮文庫)

ミハスの落日 (新潮文庫)

ミハスの落日 (新潮文庫)

 5編のミステリが収録された短編集です。
 本書の特徴は、収録作がすべて海外を舞台としている点にあります。しかも、「章扉写真 貫井徳郎」とあるように、作者が実際に行ったことのある国が物語の舞台となっています。そのため、短編ながらも異国情緒に満ちた雰囲気を味わうことができます。もちろん、単に雰囲気の問題だけではありません。海外が舞台だからこその展開、あるいは必然性といったものが練られています。
 表題作「ミハスの落日」はエラリイ・クイーン『九尾の猫』の最後の一行について作者なりの解釈に基づいて描かれた作品とのことですが、収録作のすべてが海外を舞台としているという構成からはクイーンの「国名シリーズ」へのオマージュも読み取ることができます。が、それはどうやら考えすぎのようです(笑)。
 また、本書に収録されている作品の執筆時期は1998年のものから2006年のものまでとバラバラです。舞台も執筆時期もバラバラで、しかも各作品に驚愕の真相が用意されています。実にバラエティに富んだ作品集だといえます。
 本書には作者あとがきに加え村上貴史の解説まで付されています。なので、私の方から特にそれ以上語ることなどないのですが(苦笑)、せっかく読んだことですし、作品ごとの簡単な紹介と雑感をさらっと。

ミハスの落日

 1988年「小説新潮」10月号にて発表。密室をテーマにしたアンソロジー『大密室』に「アレナル通り殺人事件」というタイトルで収録。スペインの一都市ミハスが舞台のミステリです。富豪の回想によって語られる密室の不思議。それを聞くことになる若者の視点描写によって語られる物語。という凝った構成から語られる物語は、物理的な意味での密室のみならず記憶の密室をも描き出しています。『九尾の猫』最後の一行を果たして作者がどのように理解して作品に仮託したのかは……えっと……難しい問題ですね(汗)。

ストックホルムの埋み火

 2004年3月「小説新潮」臨時増刊『警察小説大全集』に向けて書かれた作品です。最初はストーカー気質のレンタルビデオ店の青年の視点から語られ、事件発生後は警官の視点から語られます。事件を双方の視点から描きながらも盲点を巧みに作り出す手腕はさすがに巧妙です。青年と警官の双方が愛についての苦悩を抱えているという接点の作り方もまた巧みで読ませます。ちなみに、最後の一行にはまったく驚けませんでした。ミステリ読みとして未熟者でサーセン(笑)。

サンフランシスコの深い闇

 「小説新潮」2004年10月号掲載。『光と影の誘惑』(集英社文庫)収録「二十四羽の目撃者」の続編となっていますが、本作単独でも充分楽しむことができます。保険調査員の”おれ”が一癖も二癖もあるおなじみのメンバーと交渉しながら情報を仕入れて、怪しい保険契約の真相について推理をするというパターンのお話です。上司や不良警官に悩まされながらも事件の真相に迫ろうとする”おれ”の姿は一生懸命ながらも滑稽で読んでて楽しめます。ですが、最後に明らかとなる真相については、法的にも道義的にもどのように考えればいいのか私には分かりません……。

ジャカルタの黎明

 「小説新潮」2006年4月号掲載。娼婦殺しという「切り裂きジャック」を彷彿とさせる事件が起きているジャカルタで、娼婦ディタの元夫が何者かに殺されるという事件が発生します。「切り裂きジャック」という謎の多い事件をモチーフとしている以上、その犯人は当然意外な人物でなければなりませんが、その点、さすがに作者は期待を裏切りません。探偵が先か犯人が先かという後期クイーン的な読み方をしても面白い読み味が堪能できる作品だといえます。

カイロの残照

 「小説新潮」2006年10月号掲載。現地のエジプト人観光ガイドが主人公で、失踪した夫を探しているというアメリカ人の女性を案内することになるのですが……。結末から受ける衝撃の大きさについては収録作品の順番もきちんと計算された上でのものでしょうね。実に憎たらしいです(苦笑)。

光と影の誘惑 (集英社文庫)

光と影の誘惑 (集英社文庫)