『死の扉』(レオ・ブルース/創元推理文庫)

死の扉 (創元推理文庫)

死の扉 (創元推理文庫)

「このいささか浅ましい事件を調べてみろというのかね? いけない理由はない。唯一の難点は、警察がすでに捜査を始めているということだ。今週中に犯人を捕まえるだろう」
「でも、探偵小説のパターンはご存知でしょう? 素人天才探偵の先生が、警察が見え見えの人物を逮捕している間に真犯人を突き止めるんです」
「そんな風にうまくいくとは思えないね」
(本書p42より)

 深夜の小間物小屋で二重事件が発生する。店主のエミリーと、巡回中の巡査が犠牲となった。パブリック・スクールの歴史教師キャロラス・ディーンは生意気な教え子プリグリーに焚きつけられて事件の捜査を開始する。被害者の一人であるエミリーが多くの人間から恨みを買っていたため容疑者には事欠かない事件において、キャロラスの歴史教師としての推理は果たしてどこまで通用するのか……?といったお話です。
 古典的名作ディーン・シリーズ一作目が新訳で復活ということで、私としては初めて読むことができましたが、とても面白かったです。掛け値なしに傑作です。ただ、フェアプレイに徹しつつ、巧妙にしてシンプルな仕掛けが本書の売りなので、あまり内容を説明してしまうと著しく本書の面白さを削ぐことになってしまうので、ぼかしながらオススメしなければなりません。
 本書は、探偵小説が好きな人のための探偵小説です。作中には探偵小説マニアの人物が登場しては探偵小説談義を始めたりしてその魅力を存分に語り倒します。探偵役であるキャロラスやワトソン役であるプリグリーにしても、探偵小説のお約束や既存の名探偵たちの言動を意識しながら捜査を行います。ある種のメタ探偵小説といえますが、そのメタ性からは作者の探偵小説に対してのこだわりと愛情とユーモアが感じられます。
 被害者であるエミリーが多くの人物から恨みを買っていたために、キャロラスはまず容疑者一人ずつから丹念に証言を引き出すことに専念します。ホームズのような名探偵ぶりを意識しながらも、実際にキャロラスが行う探偵活動と思索は地味で地道なものです。それでいて結末付近になると怒涛の展開と意外なトリックと真相が明かされます。また、「ぼくはあまり動き回ったりはしないだろうな」(本書p45より)とかいいながら結局は動き回ることになったり、わざわざ関係者全員を集めて真相と思しき推理を披露したりと、探偵小説のお約束を捻ったり無理やり守ったりいったと気の利いた展開が楽しめます。
 一点だけ疑義を挿むとすれば、真相の説明場面での法的な意味と倫理的な意味が、私としては逆ではないかと思うのですが、どっちにしても瑣末なことでしょう。クラシカルな探偵小説の雰囲気を茶化しながらも満喫できるという絶妙なバランス感覚が嬉しい一冊です。重ねてオススメです。