竜騎士07が語る”探偵小説とミステリー小説”について

竜騎士07:いろいろと筋が合わないよね。それでまた、読者によってある程度見解が分かれているし。あれこそミステリーですよ。読んだ後、我々に思考を楽しむ余地を与えないミステリーというのは、個人的には探偵小説だと思っています。作中の登場人物が勝手に解決してくれるので、我々は「この主人公スゲー」と、手を打つだけですから。このときに「主人公よりも先に真相にたどり着いてやる!」と挑むのは、探偵小説のミステリー的な楽しみ方ですね。対してミステリー小説は、ただ読むだけでも読者に思考することを促す作品のことだと思います。昔よくあった、真相が袋とじになっているミステリー小説は、少々狙いすぎですが正しいのかなと。『かまいたちの夜』も、プレイヤーが考えて選択肢を選ばなければ真相にたどり着けないので、立派な推理小説でしょう。そう考えると『相棒』は探偵ドラマであって、推理ドラマではないですね。探偵ドラマでは“探偵が何かを見つけた”という伏線は張られても、“何を見つけたのかは視聴者に見せない”ということも結構あります。それを見せるか見せないかが、ミステリー作品か否かの分岐点ですね。
電撃 - 【うみねこEP4対談】謎解き部と物語部を両立させられたらいいなと思っていますより

 探偵小説も推理小説もミステリー(小説)もミステリ(小説)も特に断りのない限り普通は同じものを指しているわけですが*1、さりとて、一度こだわり始めるとそれぞれに微妙なニュアンスの違いがあるのも確かですし、そう考えると竜騎士07が言ってることも分からないではないです。
 何はともあれ、まずは落穂拾いから。
(以下、長々と。)

探偵小説
 日本では、現在、謎解きの本格ものからハードボイルド、サスペンス小説、警察小説、スパイ小説など多彩な流れを包括する用語として推理小説とかミステリーという言葉が使われ、探偵小説という言葉はあまり使われなくなっている。これは英米でも同様で、日本でいう推理小説という言葉は、現在 crime fiction といっている。直訳すると”犯罪小説”だが、日本でいうところの推理小説である。
 困るのは、戦前の日本で使われた探偵小説という言葉が、英語の detective story の直訳なのに、英米と意味が大きく違っていたことである。
 英米の detective story が、個性的な名探偵が不可解な謎を解く小説を指すのに対して、日本の探偵小説という言葉はずっと範囲が広く、本来の謎解き小説以外に、怪奇・幻想小説、科学小説、犯罪小説など広範なジャンルを含む用語として使われてきたのである。このため日本の探偵小説は、謎解きものを本格、怪奇・幻想ものを変格と、同じ探偵小説の中で2つに名前を使い分けるようなことが必要になった。
(中略)
 戦後、探偵小説という言葉は次第に現在の推理小説やミステリーに変っていくが、定着するまでには、さまざまな経緯があった。
 まず、終戦の翌年の1946年に雄鶏社が「推理小説叢書」を発刊したとき、監修者の木々高太郎は、「推理と思索とを基調とした小説という意味で、探偵小説をもそれに含ませることにしたい」と述べている。しかし、その範囲は、戦前の探偵小説が含めていた怪奇・幻想小説、科学小説だけでなく、森鴎外歴史小説大塩平八郎』や芥川龍之介の『河童』などの純文学をも含むというものだった。
 これに対して、江戸川乱歩は、逆に本来の探偵小説、つまり本格探偵小説のことを推理小説といえばいいと、限定する方向を主張した。このように2人の考えは正反対だったが、同年11月に「当用漢字表」が告示され、その中に「偵」の字がなかったため、新聞・雑誌などでは、探偵小説に代って推理小説という用語が使われるようになった。
 こういう状況と並行して、戦後の民主主義の流れの中で、戦前の猟奇的な探偵小説という枠に収まらない新しい傾向の作品が次々と誕生した。松本清張のいわゆる社会派推理小説をはじめ、ハードボイルド、スパイ・スリラーなど多彩な作品が生まれ、それらを包括する新しい用語として推理小説、ミステリーという言葉が定着していった。
『日本ミステリー事典』(監修:権田萬治・新保博久/新潮社)p195〜196より

 「ミステリ」は、かつてポケミス創元推理文庫が市場独占していた時代を思い起こさせる、特殊で、趣味的で、スマートな呼び名で、ズバリ探偵小説・推理小説を指す。
 「ミステリー」は、探偵小説・推理小説をも指すが、そのうえに冒険小説やホラー、犯罪実話なども含め、さらに「口紅にミステリー」なる化粧品のコピーや、「航空機墜落の謎、空白の二時間のミステリー」といった新聞記事などをも連想させる。茫洋、混沌としたイメージ。
 こういう感じなのだ。
『夜明けの睡魔』(瀬戸川猛資/創元ライブラリ)p16より

 また、『ミステリーの社会学』(高橋哲雄/中公新書)という本でも探偵小説、推理小説、ミステリー、ミステリといった言葉の由来や意味、語感といったものについて著者自身の趣味も混じった検討の結果として、「ミステリー」を用いることにした経緯が記されています(p236〜245)ので、興味のある方は読んでみてくださいませ。また、こうした点について他にも何か有益な文献がございましたら教えてくださいませ。
 ちなみに、私自身は当ブログ内では「ミステリ」を使うことが多いです。理由は、何といっても私の本棚に創元推理文庫とハヤカワ文庫の本がたくさんあるからです(笑)。あと、ミステリーとミステリの違いの説明として、ミステリー・サークルとミステリ・サークルというベタな例えがありますが、やっぱりミステリーだと神秘的なイメージが少々強すぎるような気がして使うのを躊躇ってしまいます。そんなわけでミステリを主に用いていますが、この辺りは個々の判断で適当にすませてしまってよいと思います。用語にこだわって言いたいことが言えなくなってしまうのもつまらないですからね*2
 ちと前置きが長くなってしまいましたが、上記のような前提を踏まえた上で竜騎士07の個人的な見解について考えてみますと、瀬戸川猛資がミステリと呼び表していたようなものが”探偵小説”で、それより広いミステリーが”ミステリー小説”ということでとりあえずは理解できるのではないかと思います。もっとも、探偵小説を「我々に思考を楽しむ余地を与えない」ものとして括ってしまっている点など、ところどころにまったく賛同できない箇所がありますが(笑)、自身の創作姿勢を表明したなかでの用語として笑って許容できます。
 ただし、笑えないところもあります。それは、『うみねこのなく頃に』について前作の『ひぐらしのなく頃に』と一緒に探偵小説ではなくミステリーの文脈で語っている点です。これには不安を感じずにはいられません。
 『ひぐらしのなく頃に』についてですが、ラジオ番組内*3で声優の小清水亜美さんが次のように仰いました。

Xファイルのようなミステリー。

 至言です。万が一の話ですが、もしも『うみねこ』におけるミステリー性が『ひぐらし』のそれと同じものを意味しているのだとしたら、それはもう不安を通り越して恐怖すら感じます。もちろん、そんなことがあってはなりませんし、あるはずもありませんし、ないはずだと信じたいのですが、いやはや何とも……。
 なお、対談記事において、

ミステリーファンの方が『うみねこ』を楽しむときは、ぜひこれを期にライトノベルしか読んだことがない人たちにオススメのミステリー作品を教えてあげてほしいですね。

てなことが書かれておりましたので、手前味噌ながら関連する過去記事を2つ紹介させていただきます。最近、富士見ミステリー文庫終了というニュース(参考:さよなら富士見ミステリー文庫富士見ミステリー文庫追悼の辞・レーベル編)もあったりして、ミステリ読みとラノベ読みの相性ってどうなのかな?と考えさせられてはいる*4のですが、それはそれとして、これらのミステリについて少しでも興味を持って楽しんでいただければ幸いです。
【関連】
ライトノベル読みにオススメの創元推理文庫 - 三軒茶屋 別館
『うみねこのなく頃に』好きにオススメのミステリ小説 - 三軒茶屋 別館

日本ミステリー事典 (新潮選書)

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ミステリーの社会学―近代的「気晴らし」の条件 (中公新書)

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*1:例えば、『探偵小説と記号的人物』(笠井潔東京創元社)所収の笠井潔巽昌章の往復書簡「本格ミステリ往復書簡」では、笠井は「探偵小説」、巽は「推理小説」を用いていますが、『ここで、用語の不統一についてお断りしておきます。笠井さんは「探偵小説」とお呼びですが、私は「推理小説」を慣用しています。今回の意見交換については、この点、とりたてて指示する対象が異なっているわけでもないので、私の方はやはり「推理小説」を使うことにいたします。』(p246より)ということで、以後の議論も滞りなく進行しています。ただし、こうした断りがなされるということは、批評のテーマによっては用語の違いが見解の違いを表す場面もあり得るということでもありますので、気をつける必要もありますが。

*2:もっとも、ミステリというジャンルは批評言語が発達していますので、あまりに無頓着過ぎるのも考えものかもしれませんが……。

*3:文化放送こむちゃっとカウントダウン』のオープニングトークにて。2009年3月7日放送分だったと思うのですが、日にちについては記憶に自信がありません(トホホ)。正確な発言内容と併せてご存知の方がおられましたらご教示いただければ幸いです。

*4:以前にも少し書きましたが、言葉でしか成立しない誤解を書こうとするミステリとラノベ(というかイラスト)との相性は決して良くはないと思います。ミステリとライトノベルの相性について詳しくはこちらをどうぞ。