『美食探偵』(火坂雅志/角川文庫)
- 作者: 火坂雅志
- 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
- 発売日: 2008/12/25
- メディア: 文庫
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明治三十年代の湘南を舞台に、『食道楽』の作者として知られる美食家であり小説家でもある村井弦斎(村井弦斎 - Wikipedia)を主人公とした短編5編が収録されています。美食家は、料理を食べ、あるいは見るだけでその調理法や材料を見抜くことができます。そうした料理への見識が、身近で発生する犯罪捜査にも応用されているのが、本書のミステリとしての面白さです。……と言いたいところですが、正直言って本書はミステリとしてもグルメ小説としてもイマイチです。
確かに、ミステリらしき事件は発生します。幽霊騒動。衆人環視の中での服毒死。密室からの消失。その反対に、屋敷の中にいた一人を残しての他の人物と家具の消失。そして殺人事件。ただ、それらはトリックにしろ真相にしろ、ミステリとしてはどれも他愛も無いものばかりです。
また、推理によって事件を解決するのは確かに村井弦斎ですが、その際、美食家という設定が活かされているのかといえばかなり疑問です。そもそも、全体的に料理に関する薀蓄があまりないのです。せっかく『美味しんぼ』や『クッキングパパ』の先駆けともいうべき作品を描いた人物を主人公にしたのですから、もっとその特徴を全面に押し出してもよかったと思います。何だか勿体無いです。
村井弦斎という探偵役に山田文彦という医学助手をワトソン役に付けるなどして、ホームズ以来のお約束を踏襲しようとした結果、確かにミステリとしてお約束を外さない内容にはなってはいます。が、ただそれだけです。
とはいえ、明治三十年代という舞台の描き方と、その時代に活躍した人物を物語に巧みに絡めていく手腕はさすがです。推理小説、グルメ小説としては物足りなさが残るものの、時代小説、歴史小説としての軽やかな読み応えは本職ならではです。
やっぱり餅屋には餅を期待するべきだよなぁ、などと当たり前のことを思いつつも、たまには餅屋が焼いた煎餅を食べてみたいと思うことがありませんか? そんな気分のときには本書みたいなのも悪くはないと思いますよ(笑)。