『理由あって冬に出る』(似鳥鶏/創元推理文庫)

理由(わけ)あって冬に出る (創元推理文庫)

理由(わけ)あって冬に出る (創元推理文庫)

 第16回鮎川哲也賞佳作入選作です。
 いきなりの謝罪で恐縮ですが、まさかこんなに面白いとは思いませんでした。いまどき学校を舞台にした怪談ミステリなどという陳腐なネタを持ってくるなんてどうかしてると思いながら読み始めてしまいました。自らの不明に恥じ入るばかりです。どうもすいませんでした。
 季節外れの冬に起きる怪談話ですが、語り手である主人公の人柄もあってか何となく暖かい筆致で描かれます。しかしながら、最後には鳥肌の立つ結末が待っています。冬に出たのにはそれなりの理由があったのです。一見すると浮いているプロローグの落ち着け方がさり気なく見事です。
 文科系の部活が押し込められている芸術棟に、行方不明になっている女学生の幽霊と「壁男」なる妖怪という二つの怪現象が発生します。美術部の葉山(語り手・主人公)と文芸部の伊神(探偵役)が中心となってその謎に挑みます。二つの怪異に用いられているトリック自体は正直普通です。ただし、それを推理するに当たって、関係者に事情を聞いたり現場検証を丹念に行なったり仮説を検証するために実際に試してみたり、といった地道な作業がしっかり描かれています。また、芸術棟の見取り図が用意されているのですが、この図も真相を説明するためにきちんと使われます。こうした地道にして堅実な作業過程によって真相が明らかにされるミステリはとても私好みです。また、怪現象についての薀蓄、都市伝説の由来、なんでもない壁の染みに人の顔を見てしまう「ゲシュタルト心理学」、ウィリアム・ジェームズの法則(超常現象が話題になる場合、状況証拠はたくさんでるのに決定的な証拠はひとつも出ず、結果、現象の信憑性は灰色になり肯定派と否定派の溝は深まるばかりで埋まらない、という法則)といった、賑やかしの衒学趣味も適度に盛り込まれています。押さえるべきところきちんと押さえている極めてスタンダードな仕上がりに、読んでて嬉しくなってきます。
 また、学園ミステリ、青春小説としての雰囲気がとてもいいです。文科系の部活がいい加減に同居しているカオスな空気がまずとてもいいです。高校生らしい惚れた腫れたといった恥ずかしくも微笑ましいやりとりもあります。それがまた怪現象の犯人を特定する際の緊張感をもたらしているのも好印象です。確かに真相と犯人を突き止めようとはしているのですが、そこは同じ棟内で活動している気の知れた仲間同士なので、他方が他方を一方的に断罪するというような単純なお話にはなりません。真相を隠すのにも人を騙すのにもそれなりの理由があります。その一方で、真相を明らかにしなくてはならない理由、人を騙してはいけない理由もあります。騙していた方は救われて、解き明かした方は苦い思いをします。互いが互いを理解しあう。これぞ本当の真実というべきものでしょう。その上で、本書はさらにその先を行きます。探偵によって暴かれる真実の裏の真実。本書の結末は本当に素晴らしいと思います。青春ミステリはこうでないといけません。
 taipeimonochromeさんも指摘されてますが、本書のカバーイラストといい、また創元推理文庫には珍しく巻末に作者のあとがきが付いてる(普通は解説)ことといい、そこはかとなくライトノベルを読んでる読者層を意識しているような感じが漂っています。ミステリとしてはオーソドックスな出来栄えですし、それでいて青春小説としての面白さがありますから、そうした狙いがあったとしてもそれは的外れなものではないと思います。若人には素直な気持ちで、そうでない人はそうだった頃を思い出して(笑)、多くの方にオススメしたい佳品です。
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