『氷菓』(米澤穂信/角川スニーカー文庫)

氷菓 (角川文庫)

氷菓 (角川文庫)

 〈古典部〉シリーズ第一作は2001年の刊行でした(上杉久代のカバーイラストで、今のとは違ってました)。最初にこの本を読んだときは、これから面白くなりそうだと思うけど地味すぎるよなぁ、というのが正直な感想でした。それが今では4作目まで刊行されて続きが待ち遠しい人気(ですよね?)シリーズとなってるわけですから、分からないものですね。
 「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」な省エネ主義をモットーとする折木奉太郎が、なりゆきで入部した古典部で図らずも謎解きをすることになるという青春ミステリです。ミステリのジャンルとしては、いわゆる”日常の謎”と呼ばれる系譜に連なる作品です。北村薫の”円紫師匠と私”シリーズ以降頻繁にみられるようになった趣向です。ただ、それにしたって地味ですが(笑)。
 本書は、千反田える監禁事件と図書館連続貸出事件、それに古典部文集探索事件の三つの小ネタと、メインテーマとして古典部の文集”氷菓”に秘められた古典部員・千反田えるとその伯父の過去の謎解きという構成になっています。これらのうち、小ネタ三つは、ミステリとして正直こじんまりとしてるにも程があります(笑)。ただ、じゃあつまらないのかといえばそうでもないです。本書はシリーズ一作目ですから主要登場人物の紹介というのがどうしても必要なわけですが、小ネタを出汁にしてそれが適切にこなされています。本書は青春ミステリですが、”ミステリ”よりは”青春”の方が多分重要で、だからこれはこれで立派にありだと思います。
 その代わりと言ってはなんですが、「氷菓」事件は面白いです。いわゆる暗号ものですが、なぞなぞやクイズのようにそれ単独で存在できるものではなくて、小説の中にあってこそのものに仕上がってるのが良いです。今となっては米澤穂信の十八番の感すらありますが、本格ミステリの理想である物語性とゲーム性がきちんと両立している作品として評価したいです。暗号に心がこもってます(笑)。本格でありながら社会派的なテーマ(日米安保闘争、学生運動)がさりげなく盛り込まれているのも好みです。社会派から新本格へというムーブメントはあるものの両者は別に排斥しあう関係にはないはずで、本書みたいな作品に出会えるのはとても嬉しいです。
 また、物語はあくまで学校内での出来事が中心となっていますが、海外を放浪中の奉太郎の姉からの手紙や、「氷菓」事件での過去との邂逅など、時間的にも空間的にも広がりが感じられる構成になっています。そのことが。学校という閉鎖的な空間にとどまらない本シリーズの青春小説としての将来の可能性みたいなものを、雰囲気として何となく暗示している辺りはとても面白いと思います。それでもやはり地味ですが、滋味でもあります(←うまいこと言ったつもり)。
 以下は雑感です。灰色の人生を自認する奉太郎が実は灰色の脳細胞を持ってるというのがオチなわけで、それについて作中で何も触れられていないのが奥ゆかしいですよね(つまり、こうして指摘している私が野暮だということです・笑)。「やらなければいけないことは手短に」という奉太郎のスタイルは、思考方法としてはオッカムの剃刀(参考:Wikipedia)タイプの探偵役だと言えるでしょう(間違いを犯す場合において、考えすぎて間違えるのではなくて見落としによって間違えることの多いタイプだと言えます)。図書館貸出事件で鼻の利いてた千反田が文集探しだと鼻風邪をひいてる辺り芸が細かいですよね(笑)。文集のタイトル”氷菓”ですが、その真意は作中で明かされている通りなわけですが、多くの人が最初に想像するであろう(ってか私が思った)”評価”も捨てがたいと思います。物事の評価とは一定のものとは限らなくて、時の流れと共に変化することも珍しくありません。省エネ主義で事において積極的に取り組もうとしない奉太郎ですが、やるべきか否かの判断基準も、今と将来とではきっと変わってくるはずです。そうした奉太郎の心境の変化を追っていくのも本シリーズの大事な読みどころです。
【関連】
プチ書評 『愚者のエンドロール』
プチ書評 『クドリャフカの順番』
プチ書評 『遠まわりする雛』