ライトノベル読みにオススメの創元推理文庫

理由(わけ)あって冬に出る (創元推理文庫)

理由(わけ)あって冬に出る (創元推理文庫)

創元推理文庫からtoi8氏が表紙の作品が刊行 - 平和の温故知新@はてな
 おかげさまで珍しく書評記事にアクセスが集まっています(書評サイトなのに・笑)。どうもありがとうございます。
 ミステリ(特に本格)には伝統芸みたいなところがありますから、若い書き手と読み手の開拓は必要なことですし、押さえるべきところさえ押さえられていれば少しくらいラノベチックなものが出ても何の問題もないでしょう。特に本書の場合、ミステリとしては手堅い出来ですし、それでいて青春小説・キャラクタ小説としての面白さがありますから胸を張ってオススメできます。次作が出るなら「買い」です。
 一般にコアなミステリ読みのために存在している思われがちな創元推理文庫ですが、なかには若い人・ライトノベルを好んで読んでいる読者層にも喜ばれるんじゃないかなぁ、というような作品があったりします。そこで、今回はそうした作品をいくつか紹介させていただきます。
天使が開けた密室 (創元推理文庫)

天使が開けた密室 (創元推理文庫)

 『天使が〜』は、もともと富士見ミステリー文庫から刊行されていたものが加筆修正されて、新たに短編も収録されて創元推理文庫から復刊の運びとなったものです。もともとがラノベレーベルからの出版だっただけあって気楽にオススメできます。もっとも、出自が出自だけにラノベ読みにラノベをオススメするのに等しいですが(笑)。
さよなら妖精 (創元推理文庫)

さよなら妖精 (創元推理文庫)

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

 米澤穂信は、角川スニーカー文庫から『氷菓』でデビューしていることもあって、ラノベ読みの方にとっては知名度の高い作家でしょう。『さよなら妖精』は、もともと古典部シリーズの三作目として用意されていたプロットを用いて書かれたものですので、古典部シリーズが好きな方なら問題なく楽しめると思います。
 『春季限定〜』に始まる小市民シリーズですが、これの二作目である『夏季限定トロピカルパフェ事件』について作者が面白いことを語っています。

 昨年出した『夏季限定トロピカルパフェ事件』は幸い若い読者にも受け入れられたんですけれども、これについて面白いことを言ってくれた方がいます。この小説をロジカルな本格ミステリとして読んで面白いと思う層はたぶんあまり多くはない。ではどこを面白いと思って読んでいるかというと、最終章で主人公と黒幕とが丁々発止のやりとりをするんですが、それをあたかも少年マンガのバトルもののように楽しんでるんだと言うんです。考えてみれば、名探偵がいて犯人がいて、彼らが孤島なり密室といったバトルフィールドで推理を用いてバトルをするという構造が読者にとっては大事なのであって、そのとき論理的な解決であるかといったことは重視されていないんじゃないかと。
(『ユリイカ 2007年4月号』p80より)

 確かにミステリには少年マンガのバトルものと近しい読み方が可能な部分があります。が、それにしても驚きです。と同時に、確かにこういう読み方もできますね。ミステリを楽しむ場合において、何も推理というロジカルな部分だけを画一的に楽しまねばならない理由などありませんしね。いずれにしても、続きが気になるシリーズです。
 ちなみに、『春季限定〜』の解説で、「人が殺されない」ミステリであることが特徴として挙げられています。創元推理文庫はそれ以前からそうしたミステリ、いわゆる「日常の謎」と呼ばれるミステリをいくつか刊行しています。

空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

ななつのこ (創元推理文庫)

ななつのこ (創元推理文庫)

 特に北村薫の円紫さんシリーズと加納朋子の駒子シリーズは「日常の謎」の名作として知られています(もっとも、展開によって「人の死」に直面することはあります)。『春季限定〜』のそうした点に惹かれた方は、それらの作品にも手を出してみるのもよろしいかと思います。
名探偵に薔薇を (創元推理文庫)

名探偵に薔薇を (創元推理文庫)

 『名探偵に薔薇を』の作者である城平京はマンガ『スパイラル〜推理の絆〜』などの原作者として知られていますし、そのノベライズも手がけています。本書では、『メルヘン小人地獄』なる架空の毒薬をテーマにした殺人事件が推理の対象となりますが、そこで行なわれる犯人とのやりとりはバトルマンガ的なそれを彷彿とさせる迫力があります(特に第一部)。ただし、本書の場合はタイトルそのままに『名探偵』というものの存在意義を、その苦悩と悲しみを汲み取って欲しいです。
アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫)

アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫)

 これについては以前にも少し触れましたが、野島けんじ『純情FBA!』を既読の方には是非読み比べて欲しい作品です。その構造の類似には驚かれることと思います。主人公が大学に入学したばかりという設定でもありますので、そうした年齢に近い方にもオススメしたいです。
ブラック・エンジェル (創元推理文庫)

ブラック・エンジェル (創元推理文庫)

 最後にオススメする『ブラック・エンジェル』ですが、ミステリであることには間違いありません。ただ、本格と呼ぶにはちょっとファンタジーよりなSFミステリです。何しろ、CDから突然天使が現れて女性を殺害して、その謎について考えるというものなのですから。一体「黒い天使」とは何なのか? 彼女を殺した動機(というより、天使の心理について考えても仕方がないので「条件」とでも言うべき)は? という不思議な物語です。何でもありなラノベ読みの方には喜んでもらいやすいのではないかと思いオススメしてみました。本書はクロスジャンルな作品ではありますが、強調しておきたいのは青春小説としての側面です。本当の自分とは一体なんなのか? そうした問いかけの先には果たして幸せがあるのか? 春の山菜にも似た爽やかさと苦味が堪能できる一品です。
 以上、長々と書いてきましたが一点だけ。ここで紹介した作品は、「ライトノベル読みにオススメしたい」などという前提条件なしでも普通に楽しめるものばかりです。ってか、傑作ぞろいです(笑)。書店等で見かけることがありましたら軽い気持ちで手にとってもらえれば幸いです。