『操り世界のエトランジェ 第一幕』(赤月黎/角川スニーカー文庫)

繰り世界のエトランジェ〈第1幕〉糸仕掛けのプロット (角川スニーカー文庫)

繰り世界のエトランジェ〈第1幕〉糸仕掛けのプロット (角川スニーカー文庫)

 エトランジェとは、フランス語で外国人・よそもの、ひいては移民(イミグレ)といった意味の言葉ですが、本書内においては異邦人(p11)の字が当てられています。フランスで異邦人となると、浅学な身として短絡的なことは承知しつつも、アルベール・カミュの『異邦人』を連想せずにはいられません。
異邦人 (新潮文庫)

異邦人 (新潮文庫)

 『異邦人』において、主人公ムルソーは母親の死後に殺人を犯します。その動機について問われたとき彼は「それは太陽のせいだ」と答えます。理由のない殺人です。不条理の認識を追及したものとして知られる『異邦人』内でもっとも戦慄を覚える有名にして印象的な一文です。ちなみに、『異邦人』というタイトルですが、一義的には社会常識からの異邦人である主人公ムルソーのことを表していることは間違いありません。その一方で、ムルソーによって殺害されるアラビア人も、当時のフランス社会(アルジェリアはフランスの植民地でした)においては異邦人です。『異邦人』の中で行なわれた殺人は、異邦人による異邦人殺しだったとも言えます。
 一方、本書『操り世界のエトランジェ』の冒頭で、主人公の母親は主人公に「人はどうして生きるのかを考えたことはあるかい?」と尋ねます。母親は主人公に言います。生きるなんてのは幻想だよ。人間は自らに意思があると勘違いして生きている。でも、実際には、生かされているから生きている。人は糸に繋がれた人形なのだ。そして、そんな人を操る糸を見る力を持つ私たち”糸遣い”は異能の力を受け継いだ特別な人間なのだと。
 要するに、本書はそんな操糸術の力を持った主人公の高校生・睦月透真と、他の異端の力を持った異能者との死闘を描いたバトルものです。昨今のラノベにありがちな美少女キャラも当たり前のようにでてきますし、あまり深いことを考えずに楽しむのが基本なのでしょう。ただ、操糸術という能力にそうした哲学チックな背景があることを意識するとちょっと面白いです(もっとも、最後の方に嫌でも意識せざるを得ない展開が待っているのですけどね)。表では血で血を洗う死闘があってその背後には陰謀があります。山田風太郎の『忍法帖』シリーズを彷彿とさせる典型的な展開に今風の設定が加わって、普通に面白い伝奇ものだと思います。ちなみに、本書では山田太郎という明らかな偽名を名乗る人物が登場します。それって、山田風太郎に対するオマージュじゃないかとも思うのですが、おそらく考えすぎなのでしょうね(苦笑)。
 異邦人という単語には、久保田早紀の『異邦人』というかつてのヒット曲で歌われているように自由人といったイメージがあります。しかし、実際には異邦人には異邦人である理由があって、そこにはやはりしがらみも束縛もあります。本書に登場する異能者たちも同じです。普通の人間のルールは通用しませんが、彼らには彼らを縛る”糸”があります。操っているつもりが操られていたり、操られているつもりが操っていたり。因果の流れの複雑さからは、おそらく誰も逃れることができないのでしょう。だからこそ、適度に操ったり操られたりしてバランスをとっていくのが人間関係において大事だなと思いました、と無難にまとめておきます(笑)。
(参考文献:渡辺和行『エトランジェのフランス史』)
エトランジェのフランス史―国民・移民・外国人 (historia)

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