『幽式』(一肇/ガガガ文庫)
- 作者: 一肇,わかば
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2008/11/18
- メディア: 文庫
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ライトノベルでは珍しい(多分)ホラー小説です。イラストによる可視化が奨励されているライトノベルでは、おそらくホラーというジャンルは不向きです。なぜなら、怪異というものは目に見える存在となった途端にその恐怖が半減してしまうからです。
また、ホラー的描写は一人称による狭窄した視点描写が基本です。個人の感情が深く狭く描かれるからこそ、見えないものへの恐怖を丹念に描くことができます。ところがライトノベルの場合には、たとえ一人称描写であったとしても、それは主人公の内面を語るためというよりは何人かのヒロインに焦点を当たる「カメラ」としての役割が重視されると同時に主人公の内面は鈍感で平面であることが求められがちです(これも多分)。その点、本書はイラストも配慮されていますし主人公の内面もホラー的に狭く深く描かれています。
幽霊が題材となるホラーにおけるお約束として「死んだ人間よりも生きている人間の方が怖い」というのがあります。そういう意味では、本書はホラーの王道を行っています。オカルトマニアのトキオが興味を持っているのは心霊現象で、オカルトサイト”異界ヶ淵”のオフ会に参加してはそうした情報を収集しています。ですが、そこで本当の心霊現象などそうそうないということを知らされる一方で、彼の原体験として心に根付くある記憶が、本当の心霊現象の存在を彼に仄めかします。近づかないように警告するクリシュナ先輩がいる一方で、彼を異界へといざなおうとする存在があります。それが電波女・神野江ユイです。
学校で電波を飛ばしまくって迫害される女。そんな彼女と普通に、では決してありませんが(笑)、でもそれなりに親しく接するトキオ。トキオの斜め上を行くオカルトマニアの彼女は、トキオの記憶の原点である『赤い部屋』へトキオを誘います。そこで彼女が呟く一言。
「そう、逆なの」
(本書p102より)
本書はミステリと呼べるほど伏線がしっかりしているわけでもなければ合理的な解決がなされるわけでもありませんが、物語の構造自体はミステリに近しいものがあります。そう、逆なのです。自らの認識・世界観が覆されることによる不安。死者が抱える哀しみと生者の心に潜む闇。それは上述したホラー的なお約束ではありますが、主人公が抱えている若さと過去とが相俟って青春小説らしい苦味と絶望感を醸し出しています。
加えて、人間の悪意だけでなく善意も平行して描かれているからこそ悪意がより引き立っていますし、救いもあります。最後は少々駆け足のような気がしないでもないのですが、落ち着くべきところに落ち着いた結末はこれまた青春小説らしくとても爽やかです。
読みやすさの割りに充実した読後感が味わえるお得なホラー小説としてオススメです。