『銀河英雄伝説1 黎明篇』(田中芳樹/創元SF文庫)

銀河英雄伝説 1 黎明編 (創元SF文庫)

銀河英雄伝説 1 黎明編 (創元SF文庫)

 不朽の名作・銀河英雄伝説が創元SF文庫に引越しました。著者自身が終(つい)の棲処(すみか)を得たと述べてるように、星野之宣のカッコいいけどクラシカルな表紙絵(ブリュンヒルトかな?)に飾られて、いつどこで読まれても不思議じゃないスタイルになって再刊されました。20年前に完結してますが、今もこれからも、読み継がれていって欲しい作品のひとつです。
 どうやら本書の形式もこれで確定するみたいですし、ぼちぼち本館でもちゃんと書評することを考えましょうかねぇ。サイト発足時から書評のタイトルだけ掲げておきながら放置したままですからね(汗)。
(以下、ネタバレはないですが長いです。)
 SF文庫に収録こそされましたが、正直なところ、SFとしての魅力・いわゆるセンスオブワンダーといった魅力がそんなにあるわけではありません。未来世界なのにコンピュータの扱いが軽すぎるし、宇宙戦が平面的だし、女性の立場が低すぎるといったマイナス面がなくはないです。純粋にSFとして見たときにはイマイチと言わざるを得ないと思います。
 ですが、壮大さ・絢爛さ・面白さには比類ないものがあります。本書はそんな傑作シリーズの第1巻に当たるわけですが、いきなり登場人物欄に39名もの名前がずらっと並んでいます。常識的に考えれば多すぎますが、一度読み始めてしまえばあら不思議、これだけ多くの人物たちが個性ある存在として頭の中にスラスラと入ってきて生き生きと動き出していくのです。この爽快感はアイヨシの読書歴でもトップクラスのものです。しかも、普通だったらシリーズの最初の巻はイントロダクション的な役割に終始するのがセオリーですが、本書は最初から飛ばしています。アスターテにイゼルローン、アムリッツァと物語はいきなり怒涛の展開をみせます。小説においてキャラ(キャラクター)論は外せなくて、特に最近ライトノベルとかを語るときにはキャラ萌えなるキャラクターの個性の立て方が提唱されることがあります。何をもってキャラ萌えと称するのか、分かるようで分からないものなのですが、いわゆる”ツンデレ”に代表されるような性格のテンプレ化・属性のことを指すと、一般的には考えてよいと思います。では、そうじゃない個性の立て方は何でしょか? となりますと、適切な呼称は思いつきませんが、物語内のエピソードにおいてそのキャラがどのように考え、どんな言葉を言い、どのような行動をとるのかという反応によってキャラ立てがなされていくのだと思います。銀英伝のキャラの魅力を語るときには、各キャラのエピソードは外せませんし、逆にそのエピソードを語ることがキャラの魅力を語ることにもなります。その最たるものが各キャラの死に様なわけですが、それはまた次の機会に語ることにしましょう(笑)。
 とにもかくにも、とても思い入れの深い作品です。本書を読んだ後、将棋の盤上で一箇所に駒を集中するときには必ず「一点集中攻撃!」と言ったものです(笑)。話のついでに将棋に例えて銀英伝の魅力の説明を試みますと、銀英伝においては動かされている・あるいは動いている駒と、将棋を指している棋士と、それを見ている見学人と、それらの物語が往復的に相互作用して物語に奥行きを与えているところにあります。働いた駒とそれを指した棋士、その妙手を評価する人物と、それらは独立した個性でありながらも強い関係性を持っています。しかし、こうした往復関係には冷徹なエントロピーがあります。銀英伝においては、政治は戦略に勝り戦略は戦術に勝る、という法則がそれです。いくら戦場で妙手を連発しても戦略のミスを取り返すことは出来ず、いくら戦争に勝ち続けても政治のミスを取り返すことはできない。銀英伝の二人の主人公・ラインハルトとヤンの二人は、基本的には戦略的な立場に身を置くプレイヤーでありながら、政治・戦術面へのアプローチを試みようとする人物であり、このことが本シリーズの壮大さを維持することへとつながります。さらに、このエントロピーは物語の後半になると危機というか緊張感に直面することになるわけですが、それもまた次の機会に(笑)。
 スペース・オペラはいかに政治の夢を見るかは本書巻末の鏡明の解説のタイトル(アンドロ羊のパロディですね、念のため)ですが、これは個人的にとてもしっくりくる視点です。民主主義とか独裁国家とか、そういう政治学的な用語がどのように自分の頭の中に刷り込まれたのかを考えますと、その犯人は間違いなく銀英伝ですね。善でも悪でもなく、”主義”のために戦うからこそ、帝国派や同盟派と言ったファンの派閥を作りこそすれ、それは好みの問題に過ぎず、両者はまさにフラットな関係なのです。だからこそ、ファン同士の会話も盛り上がるわけですよ。いやー熱かった熱かった(笑)。
 超有名シリーズですしネタバレ全開トークにしようかとも思いましたが、とりあえず1巻なのでやめとくことにしました(笑)。既読の方ならお分かりでしょうが2巻をプチ書評するときにはネタバレ確定ですし(笑)、2巻のラストはネタバレの被害報告がもっとも多い事例でもありますので(当社比)予め警告しておきます。万一未読の方(←超幸せ者)がいらっしゃいましたら、隔月刊行(←生殺し)ということですが、この機会に是非是非読んで欲しいと思います。
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