このマンガが好きな人とは美味い酒が飲めそうだ。 押切蓮介『ハイスコアガール』

 1991年。格ゲー(格闘ゲーム)全盛期。
 ゲーセンに入り浸る典型的なゲーム少年・矢口がストIIの筐体を挟んで出逢ったのは、同じクラスの美少女お嬢様、大野晶だった。
 しかも連戦連勝を続けるガチゲーマー。
 大野と矢口との、ゲーセンを通じた仄かなやり取りがはじまる・・・。
 というお話です。
 作者の押切蓮介はホラーサスペンスやホラーギャグなどの作風で知られる漫画家ですが、筋金入りのゲーマー。
 子供のころから家庭用ゲームはもとよりアーケードゲームなど様々なゲームをしており、自らの幼少期をエッセイにした『ピコピコ少年』『ピコピコ少年TURBO』なども描いています。
http://www.poco2.jp/special/talk/2012/01/picopico/
 この対談のときも、過去のゲーム遍歴を語りながらPCエンジンに興じてます。
 作者の生まれは1979年。この『ハイスコアガール』の舞台である1991年には小学生と、このマンガがかもし出す懐かしい「雰囲気」はまさに作者の子供のころの投影から生まれたものであり、『ピコピコ少年』に共感できた読者は同じようなノスタルジィを味わうことができます。
 ゲーセンではストIIダライアスファイナルファイトスプラッターハウス。そしてPCエンジンの登場。当時は日進月歩でゲームが進化し、やがて「ポリゴン」という進化にいたるまでの「2D」全盛期は、まさに「これぞゲーム!」というある種のチープさとそれを補って有り余るほどの派手派手しい彩りや音楽にあふれていました。
 ・・・とはいうもののフジモリはアクションゲームは大の苦手だったので、上手い友人の後ろで見てたり、ゲーメストを熟読し妄想の中で必殺技を出したりしていたのですが(笑)。
 閑話休題
 『ハイスコアガール』がこれまでの自伝エッセイと異なるのが、タイトルの「ハイスコアガール」であるお嬢様・大野の存在。
*1
 学校では落ちこぼれの主人公・矢口が唯一自身の存在をアピールできる場所・ゲームセンター。当時のゲーセンはいまのように清潔でもポップでもキャッチーでもなく、タバコの煙が蔓延し、不良の溜まり場の一歩手前。(1991年ぐらいだと雰囲気はだいぶよくなっていますが)
 彼のテリトリーを侵すかのように、ゲーセンで凛と座す彼女の姿に矢口はショックを受けます。
 最初の対戦では手も足も出ず、禁断の「待ちガイル*2で挑み大野にリアルに殴られる矢口。
 そしてそれ以降も、二人の交流が続きます。
 この「ゲーム好き女子」、童貞オタク少年なら誰しも妄想した存在だと思います(断言)。まさに「こんな子いたらよかったなぁ」の存在を絵に描いたような少女なのですが、さらに良いのはこのヒロイン・大野は、作中でほとんど一言も喋ってないのです。
*3
 それでも矢口のちょっかいに態度(主に殴る蹴る)で返したり、キャラの行動で自身の感情を示したりと、まさに「モニター越しに」二人の友情が育まれます。
 このあたりの心情の機微を描く巧みさが絶妙で、読みながら何度も身悶えたり泣いたり死にたくなったり(←?)しました。
 かつて『ピコピコ少年』の記事を書いたときに「ファミコン世代の『三丁目の夕日』」と称しましたが、むしろこの『ハイスコアガール』こそがそれにあたるのかな、などと思いました。
 強烈なノスタルジィ。戻れないあのころ。そして、「こんな子ども時代だったらよかったなぁ」という過去に対する鬱屈した感情。
 そういったいろいろがない交ぜになる、まさに「なにか語らずにはいられない」マンガであり、このマンガが好きな人とは朝まで美味しい酒を飲み明かしたくなる、そんな魔力を秘めた一冊。特定の年代の方には超オススメの一品です。
【作者HP】 カイキドロップ
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*1:P4

*2:スト2に置ける禁じ手/封じ手といわれる操作。ガイルで画面隅にしゃがみ、キックやソニックブームでけん制しつつ焦れて飛び込んできた所にサマーソルトキックをたたき込む、ひたすらそれを繰り返す戦法のこと。はてなキーワードより

*3:P132