『盤上のアルファ』(塩田武士/講談社)

盤上のアルファ

盤上のアルファ

 第五回小説現代長編新人賞受賞作。第23回将棋ペンクラブ大賞文芸部門大賞受賞作。
 私は将棋ファンですので、将棋を題材にした作品が発表されたり賞を受賞されたりするのは基本的には嬉してめでたいことだと思っています。ただ、本書については読後のがっかり感があまりに強すぎて……。

 オオカミの挿話が効いていない。タイトルにも関係する象徴的な挿話だというのに、物語に溶け込まず浮いているのは残念だ。文章に深みがないのも気になる。説明的な文体が散見するが、これは小説に合わない。さらに。プロ棋士を目指す真田信繁の幼き日の出来事も、そして全体の結構も、どこかに既視感があり、ようするに珍しいわけではない。
NIKKEI STYLE|ライフスタイルに知的な刺激を―日経の情報サイトより

北上次郎が評していますが、まったくその通りです。さらにいえば、

 記者が登場する小説といえば、事件事故を扱う社会部が王道。でも「文化部」だって、ドラマがある――。将棋界を描いたデビュー作『盤上のアルファ』(講談社)には、そんな思いを込めた。
http://book.asahi.com/clip/TKY201102170321.htmlより

であるにもかかわらず、「文化部」のドラマというのがまったく描かれていないのが個人的には辛かったです。今は幸いにして将棋を題材にした漫画や小説がたくさんあります。なればこそ、新聞記者を主人公にした将棋小説というものに期待していました。新聞社が棋戦を運営する実態、タイトル戦の中継の様子、棋士との接し方、観戦記を執筆して紙面に載せる苦労などなど。面白そうなエピソードには事欠かないはずなのに、それらがまったく疎かになってしまっているのがただただ残念です。アマチュアがプロ編入試験の番勝負を戦うお話が読みたければ、普通に『泣き虫しょったんの奇跡 完全版<サラリーマンから将棋のプロへ>』(瀬川晶司/講談社文庫)を読まれた方がよいでしょう*1
 ちなみに、最終局の真田対水上戦の元棋譜は、2007年10月1日NHK杯テレビ将棋トーナメント:羽生善治中川大輔戦で間違いないと思いますので参考まで。
【参考】羽生善治 vs 中川大輔 2007-10-01 NHK杯 - 将棋の棋譜でーたべーす

*1:ただし、瀬川が受けたのは特例によるフリークラスへの編入試験でしたが、本書で真田が受ける試験対局は瀬川の特例編入試験後に制度化された三段リーグへの編入試験だという違いがありますので、その点はご注意を。