『孤島パズル』(有栖側有栖/創元推理文庫)
- 作者: 有栖川有栖
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1996/08/25
- メディア: 文庫
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ミステリのことを言われているような気がした。推理作家たちはさんざん頭を捻って前人未到のトリックだの怪事件だのを構築したかと思うと、一旦それをバラし、もったいぶってまた一つ一つ組み合わせていく。読者はその無意味な作業に立ち会って大喜びする。――本当にどんな暇人が考えた遊びなのだろう、と彼なら思うはずだ。
(本書p51より)
「学生アリス」シリーズ2作目は推理小説研究会に紅一点の女性キャラ・マリア(有馬麻里亜)が加わっての陸の孤島での宝探しです。
マリアの祖父が残したという時価数億円のダイヤが眠るという六軒島嘉敷島にやってきたアリスとマリアと江神部長。ダイヤの在り処は嘉敷島にあるパズルを解けば分かるということで張り切る3人だが、宿泊先であるマリアの伯父の別荘で殺人事件に巻き込まれる。折からの嵐でクローズド・サークルとなってしまった嘉敷島で殺人ゲームの幕が上がる……といったお話です。
クローズド・サークルが「学生アリス」シリーズのテーマですが、本作では無人島への夏のバカンスというお約束の舞台に遺産の在り処を示すパズルというゲーム的要素まで付与されています。このパズルは島の各所にあるモアイ像の位置・方向が重要な鍵となっているために、実際に島に来ない限りはその謎を解くことができない仕様となっています。つまり、孤島という舞台はクローズド・サークルのためだけでなくパズルの保存と挑戦者を限定させるためにも機能しているといえます。
「進化するパズル」。それが作中内のパズルを解く鍵ですが、それはつまり「段階を踏む」ということなのですが、そうした考え方はそのまま本書の推理にも当てはまってきます。ささいな矛盾から段階的に思考を進めることで導き出される解答。その犯人の名前自体は決して意外なものではありませんが、ジグソーパズルの完成図が完成する前から分かっているように、答えではなく過程にこそ価値があるのは前作のみならず本作も同様です。とはいえ、論理的に犯人を特定するのは相当に困難なものだと思われますが、それもまたパズルらしいです。
宝探しのためのパズルなどゲーム性が際立った物語であるにもかかわらず、それほど意外な犯人ではないにもかかわらず、結末は重いです。それは、随所にアリスとマリアの若者らしいこっぱずかしいエピソードがあったり宝探しがあったりといった楽しい出来事が悲劇を引き立てているというのもさることながら、ミステリというものの無意味性、あるいは虚無性というものについて本書は自覚的に描かれていて、そうした性質を他でもない犯人が背負わされているからだと思います。あるいは、楽しいパズルと悲しいパズルの対比ともいえるでしょうか。
【関連】
・『月光ゲーム―Yの悲劇’88』(有栖川有栖/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館
・『双頭の悪魔』(有栖川有栖/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館
・『女王国の城』(有栖川有栖/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館
以下、既読者向けに第一の殺人と密室についての法的無駄話を伏字にて少々(ただし、不明な点がありますので、未読でも法律に詳しい方でしたら以下の文章をお読みいただいた上で何かしらご教示いただければ幸いです)。
(ココから→)第一の殺人が密室になってしまったのは被害者である須磨子が死亡時刻を父(牧原完吾)が先に死にその後に自分が死んだように推定されることを狙って行なったものだとされています。民法には次のような条文があります。
第三十二条の二 数人の者が死亡した場合において、そのうちの一人が他の者の死亡後になお生存していたことが明らかでないときは、これらの者は、同時に死亡したものと推定する。
この場合であれば、父娘が同時に死亡したと推定されることになれば、お互いに死亡していますのでお互いに相続人となることはありません。つまり、資産家である完吾の財産が娘である須磨子に相続されず、したがって須磨子の夫である純二に完吾の財産は一銭も渡らないことになります。
ですが、もし仮にその推定を覆すことができたとしたらどうでしょう。つまり、先に完吾が死亡しその後に須磨子が死亡したということになれば、完吾の財産は娘である須磨子に相続分だけ相続され、さらに須磨子の死亡によって須磨子の財産が純二に相続されることになります。このように、純二にとって両者の死亡時刻というのは相続財産を考える上で非常に重要な意味を持っているといえます。
このように考えますと須磨子の行為には理屈が通っているように思えるのですが、ただ、作中で紹介されている「直接関係ないかもしれませんがこんな判例があるのを私は聞いたことがあります。土砂崩れで一家が生き埋めになって全員死亡した。各人が死亡した時刻は極めて接近していたであろうことは判るけれど、その順番までは判定できない。しかし相続の問題が絡むので順番を推定したい。どういう方法で推定したと思います? 深く埋まっている者から早く死んだとみなしたんだそうですよ」(本書p362より)という判例が本当にあるのかどうか私には分かりません(涙)。何かご存知の方がおられましたらご教示いただければ幸いです(ペコリ)。
とはいえ、実際には須磨子の工夫もむなしく民法第32条の2が適用されて同時死亡が推定されることになるでしょうから、須磨子の努力は無駄に終わったということになるでしょう。それでも、今際の行動としては一理はあるといえるでしょう。