『第二の銃声』(アントニイ・バークリー/創元推理文庫)
- 作者: アントニイ・バークリー,西崎憲
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2011/02/12
- メディア: 文庫
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来たるべき探偵小説とはいかなるものか。この疑問には、私同様、君も大いに興味をそそられていることと思う。探偵小説の書き手である我々が、真剣に耳を傾けるべき唯一の批評家の言葉を借りよう(中略)。「技巧に関して言えば、聡明な作家は、現在二つの方向を模索しているようだ……ひとつはプロットを語る上での実験に向かう道で、そちらでは作家は逆さまに語ったり、あるいは遠まわりをしたり、ばらばらに語ったりする。もうひとつは性格描写や雰囲気を深化させる道だ」。この指摘は当たっているように思う。そして、前者の選択肢をすでに試し終わった実験家として、私は今回は後者に取りかかっているというわけだ。
私見によれば、探偵小説の新しい勢力中の最良のものが目指しているのも、この後者の方向である。そしてさらに私見を重ねさせてもらえば、単純かつ素朴で、全面的にプロットに依拠し、人物の魅力も、文体も、ユーモアさえもない、懐かしき犯罪パズルは、虫の息というほどではないにしろ、すでに監査役の手に渡っている。探偵的興味あるいは犯罪的興味を含んだ探偵小説は、数学的ではなく、心理学的であることによって読者を惹きつける小説へと発展しつつある。
(中略)
厳密に言えば、いま君の目の前にある本は、おそらく探偵小説ではない。これは殺人を探偵する小説ではなく、殺人についての小説である。とはいってもそれは、犯人の正体が(少なくとも意図的に)明らかにされているあいだは、読者=探偵はもう少し自分の頭を働かせるべきだし、犯人のことばかり考えるべきではない、ということにすぎないのだが。
(本書p7〜9より)
探偵作家ヒルヤードの邸でゲストを招いて行われた推理劇。だが、被害者役を演じていたスコット=デイヴィスは二発の銃声ののちに本物の死体となって発見されてしまう。事件発生状況から容疑者の嫌疑かけられたピンカートンはアマチュア探偵シェリンガムに助けを求めるが……といったお話です。
「あらゆるミステリはメタミステリ(ここでは「先行するミステリの批評を含んだミステリ」といった意)である」っていう極端な見方もあります*1などといわれることもあるミステリですが、バークリーは特にそうした批評性が強い作家だといえます。本書についていえば、同じく著者の古典的実験的傑作として知られる『毒入りチョコレート事件』(創元推理文庫)*2が上記引用文で言及されている「前者の選択肢」に当たります。なので、『毒チョコ』を読んだ上で本書を読んだほうが本書に込められた著者の意図を理解しやすくなるかもしれません。
『毒チョコ』は複数の探偵による多重推理・多重解決という意欲的な試みで知られる作品です。一方、本書においては誰もが犯人になりうるというより実際的なかたちで多重推理が用いられています。その意味では、『毒チョコ』に近しい作品であるといえます。ですが、本書ではさらに図々しい仕掛けが用意されています。
本書の語りのほとんどは「ピンカートン氏の草稿」というピンカートンが書いた手記によって語られます。いわば作中作です。しかも、本書の殺人は、主要人物たちによる推理劇の最中に行われます。つまり虚構内虚構内虚構とでもいうべき殺人です。さらに、まえがきにおいて本書の批評的性質について述べておきながら、草稿でも再びミステリ論とでもいうべき批評が展開されています。小賢しく思える構図でありながら、憎たらしい程に見え見えの犯人当て小説でもある。それが本書の真価です。裏の裏は表、といった表現がぴったりです。
心理学的志向を提唱しながらも実際には技巧的な側面ばかりが目に付くのがよくも悪くもバークリー作品の特徴だといえると思うのです。本書にしても犯罪心理を描いた作品としてはお世辞にも成功しているとは思いません。ですが、そんなところが私は大好きです(笑)。
- 作者: アントニイ・バークリー,高橋泰邦
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2009/11/10
- メディア: 文庫
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