『子ひつじは迷わない 回るひつじが2ひき』(玩具堂/角川スニーカー文庫)

 嘘を吐くほど自分に正直な行為は、ない。
(本書p239より)

 本書には3話収録されていますが、ミステリとしての出来栄えは「第一話.VSかぐやテスト」が白眉です。赤谷くんは文芸部の羽賀さんのことが好きで、文芸部部長の東原さんに唆されて告白してみたら羽賀さんが作った国語の問題を出されて「全問正解なら付き合ってもいい」といわれた赤谷くんは迷える子ひつじの会に相談に訪れます。
 ということで、まずは羽賀さんが作った国語の問題(出題にあたって羽賀さんは「誰に相談してもいい」と言っています)ことになるのですが、国語の問題というのは作中でも述べられているとおりよく考えると答えが一通りだとは限らない場合もあって難儀するものですが、本作の場合には普通の国語の問題とは少し違ってて、論理的に考えれば答えが分かるような仕様になっています。
 ただし、これだけではよくできたパズルであるというだけです。もちろん、ミステリ読みとして「よくできたパズル」の意義を否定するわけではありません。実際、ミステリにおいてはパズルの要素を最重要視する作家・読み手もいます*1
 ですが、もしもパズルでよいというのであればわざわざ小説に仕立てる必要もなくて、それこそパズルとして出題すればいいだけの話でしょう。やはり小説であるからには小説としての面白さ、つまりは物語性が欲しいわけで、そんな物語性を生み出しているのが「二人の探偵」という本作の特殊な構成にあります。すなわち、問題編がまずあって、それに対して解答する探偵が仙波で、それを受けて解決する探偵が成田という基本的な役割分担による問題→解答→解決という構成が本シリーズの独特のテンポとなって物語を生み出しています。
 ついでにいえば、「物語性」という点については本作はとても自覚的であることが本書の第3話を読むことで分かります。ついでのついでにいえば、”それにしても……わたしに劣らず男女の機微に疎そうな成田くんが、どうして今回の状況を読み切れたのだろう?”(本書p67)という仙波の疑問について「お前が言うな」的ニヤニヤが楽しめるのも実に巧みな構成だといえます。ちなみに、羽賀さんが作った国語の問題は「三国志」の英雄・曹操の三人の息子たちのエピソードが元ネタで、倉舒=曹沖、「私」=曹植、「兄」=曹丕と思われますので参考まで(【参考】曹沖 - Wikipedia)。
 続く「第二話.VSゴールドバーグ」は1巻の終わりに出てきたメイド姿の奇妙な女の子が依頼人です。喫茶店でオムライスが出た日にだけ動物の死骸が置かれるのは何故か。「風が吹けば桶屋が儲かる」的な論理がそれなりに楽しめますが、新たなキャラクターの登場によって人間関係が引っ掻き回される予感がするのが楽しいです。
 「第三話.VS洞庭神君」ソフト部の顧問と部員とをめぐる人間関係の問題が持ち込まれます。ミステリ的な謎解き話ではありませんが、「各種相談への対応」という「迷わない子ひつじの会」の趣旨からすればむしろ真っ当な依頼であるともいえるでしょう。洞庭神君の逸話*2を例にして説明される内面と外面の問題。それは本音と建前と言い換えることもできるでしょうが、正論を意識してしまい素直な生き方を選ぶことができない二人の悩みを解決するために「子ひつじの会」が採ったのはお約束ともいえるソフトボールの勝負。問題の性質が性質だけに今回は仙波が解説役に回って、成田とそしてやっぱり真面目だけど不器用な佐々原の思惑とが入り混じった青春物語が楽しめます。素直になるために理屈を必要となることもある、そんなお話です。
 それぞれのお話も面白いですが、幕間も含めて少しずつキャラクターや人間関係に変化が生じてきているのも面白いです。ミステリとしても青春小説としても続きが気になる作品です。オススメです。
【関連】
『子ひつじは迷わない 走るひつじが1ぴき』(玩具堂/角川スニーカー文庫) - 三軒茶屋 別館
『子ひつじは迷わない 泳ぐひつじが3びき』(玩具堂/角川スニーカー文庫) - 三軒茶屋 別館
『子ひつじは迷わない うつるひつじが4ひき』(玩具堂/角川スニーカー文庫) - 三軒茶屋 別館
『子ひつじは迷わない 騒ぐひつじが5ひき』(玩具堂/角川スニーカー文庫) - 三軒茶屋 別館
『子ひつじは迷わない 贈るひつじが6ぴき』(玩具堂/角川スニーカー文庫) - 三軒茶屋 別館