角川スニーカー文庫2作品に見る「謎解きをする探偵」と「事件を解決する探偵」の違い。

 旬を過ぎた話題を少々。
 角川スニーカー文庫から2010年11月の新刊として刊行された作品に、『子ひつじは迷わない 走るひつじが1ぴき』と『“菜々子さん”の戯曲 小悪魔と盤上の12人』の2作品があります。子ひつじはシリーズ1作目で”菜々子さん”はシリーズ2作目ですが、両作品とも単にミステリであるだけでなく共通の要素があります。それは、謎を解く役割を担う探偵と事件を解決する役割を担う探偵が別個に存在するという点です。
 探偵役はミステリには付きものの役割ですが、ミステリという括りの中でも本格ミステリの探偵とハードボイルドの探偵とではその指向は微妙に異なります。大雑把に言えば、問題(problem)を解くのが本格ミステリの探偵で問題(trouble)を解決するのがハードボイルドの探偵だといえます。ただ、どちらに重きを置くかで探偵の個性が分かれることはあるにせよ、実際にはどっちの役割もこなしてしまうのがミステリにおける探偵というものです。
 ところが、上記2作品とも作中に2人の探偵役が登場し、しかも完全に役割分担がなされています。すなわち、ヒロインが謎解き役の探偵を務め、男性キャラの主人公が解決役の探偵を務めるというのが両作品に共通しているのです。こうした共通点を持つ作品が同じレーベルから同じ日に刊行されたには何らかの意味がある……ことなどおそらくなくて単なる偶然だと思われますが(笑)、あえて無理やりに意味を見出すとすれば、ネットという思考空間の発達による二次元と三次元との乖離感が、こうした探偵役の二分化という現象に一役買っているのかもと思ったり思わなかったりです*1。答え=事件の解決ではないということがミステリが単なるクイズやパズルではない小説(あるいは物語)である所以だといえます。
 ただし、そうした共通点はあるものの、上記2作品では謎解き役と解決役の探偵の関係がかなり異なります。
 ”子ひつじ”の謎解き役である仙波明希は誰も傷つけたくもなければ自身も傷つきたくないというスタンスなので周囲の人間と距離を取っています。それは解決役の探偵である成田真一郎に対しても例外ではありません。成田にしても仙波に謎解きを頼んでおきながら、事件解決の場面ではその答えをあえて依頼者に伝えなかったり間違った答えを提示したりして事件を解決することもしばしばで、そんな両者のスタンスの違いがとても面白いです。
 一方、”菜々子さん”の謎解き役である菜々子さんは、自分は傷つきたくないけれど特定の誰かを傷つけることに対しては手段を選ばないというかなり「いい性格」をしています(笑)。結果として、”菜々子さん”においては菜々子さんが解決役の探偵を「操る」ということになります。ただ、菜々子さんに操られることになる宮本くんにしても操られようと思って操られているわけではなくて、そんな二人の緊張関係がこの作品の読みどころでもあります。
 ちなみに、作中人物の役割について、謎を解く探偵と事件を解決する探偵というように両者とも探偵としましたが、このように分類してしまいますと、謎を解く探偵のほうが立派で解決役の探偵のほうが下っ端に思われてしまうかもしれませんが、だとしたらそれは誤解です。『勇者と探偵のゲーム』(大樹連司一迅社文庫)という作品がありますが、そのタイトルに倣えば、謎解き役の探偵こそが探偵で、事件解決役の探偵はいっそのこと勇者と呼んでしまってもよいかもしれません。”子ひつじ”の場合は特に探偵と勇者の物語と捉えたほうがしっくりくるようにも思います。もしかしたら勇者は、事件を解決に導くためだけではなく、探偵を孤独から救い出すために探偵に謎解きを頼んでいるのかもしれません。だとしても、探偵にしてみれば余計なお世話でしょうけれど(苦笑)。
 いずれにしましても、2作品とも今後の展開がとても楽しみです*2
【関連】
『子ひつじは迷わない 走るひつじが1ぴき』(玩具堂/角川スニーカー文庫) - 三軒茶屋 別館
『“菜々子さん”の戯曲 小悪魔と盤上の12人』(高木敦史/角川スニーカー文庫) - 三軒茶屋 別館
『勇者と探偵のゲーム』(大樹連司/一迅社文庫) - 三軒茶屋 別館
「謎解き専門の探偵」と「事件を解決する探偵」と「やらない偽善」と「やる偽善」 - 三軒茶屋 別館
勇者と探偵のゲーム (一迅社文庫)

勇者と探偵のゲーム (一迅社文庫)

*1:『ひきこもり探偵おにいちゃんとマコ』(石田敦子/バーズコミックス)がそうですが、今の世の中ネットがありますので引きこもっててもアームチェア・ディテクティブは十分できるのですが、解決となれば妹のマコに頼るか自身が外に出る必要があります。ちなみに、本作でもやはり「マコちゃんのほうが探偵じゃないの」といわれることがしばしばです。

*2:実は”子ひつじ”については2作目「回るひつじが2ひき」を読了した上で本記事を書いているのですが、とても面白かったです。未読の方には強くオススメです。