『さよならドビュッシー』(中山七里/宝島社文庫)

さよならドビュッシー (宝島社文庫)

さよならドビュッシー (宝島社文庫)

 第8回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作品。
 屋敷の火災によって祖父と従姉妹を失い全身に大火傷を負った主人公の少女。高度な皮膚移植手術によって回復したものの、日常生活を営むのにも困難な身体となってしまいますが、その上さらに彼女は子供のころからの夢であったピアニストへの道を歩むことを決断する。新進気鋭のピアニスト”魔法使い”との苛酷なレッスンにひたすら励む日々。そんな中、彼女の身に危険な出来事が次々と起こり、ついには新たな死者まで……。といったお話です。
 本書のミステリとしての主題はホワイダニット、つまり動機です。フーダニットやハウダニットの興味もあるし驚きの真相が用意されていはいますが、それでも本書の肝はなんといっても動機です。
 ミステリにはフェアプレイという約束事があります。フェアプレイの精神を遵守しながら事件の真相を隠しつつ物語が進行していく様子は、音程もリズムもスタッカートも何一つ間違うことを許されず、その中で自らの曲想を表現するピアニストとしての主人公の姿と重なります。いや、本書の場合にはミステリとしてのストーリーはあくまでも副旋律で、主人公の生き様という主旋律を引き立てるために存在しているに過ぎないというべきでしょう。
 リハビリには目もくれずレッスンに励む日々。優秀な講師の指導によってめきめきと上達していく彼女。そんな彼女に集まる「悲劇のヒロイン」としての視線に羨望だけでなく嫉妬を感じての分かりやすいイジメもあれば、「松葉杖を突いたピアニスト」としての姿を客寄せパンダとして利用しようという大人の思惑が絡んだり、さらには莫大な遺産相続人としてのシンデレラストーリーに引き付けられるマスコミの好奇の視線に晒されたり。「下手くそが上達していく」のではなく「障害者がハンディキャップを乗り越えていく」というストーリーであることによって社会性が加味されているのも本書の特徴だといえます。
 社会性というのは、つまりは周囲に対して自分をどのように折り合いをつけて生きていくかということであり、つまりは成長物語としての側面を支えているのですが、本書の場合にはミステリ的な結末との兼ね合いでも重要な意味を持っています。
 そうした逆境を乗り越えていくスポ根的熱血のその裏に隠されている彼女の真の情動。ピアノを弾きたいというシンプルな想いの意味。スポ根ドラマもまた副旋律に過ぎません。
 音楽小説として読み解けば、詳しい人から見れば粗もたくさん見えるのかもしれません。それでも、様々な迷いや困難を振り切ってピアノに向かい、コンクールという戦いに挑む彼女の演奏シーンには心を打たれました。
 最後には驚愕の結末も用意されていて、ミステリとしても最後まで読ませる作品ではあるのですが、私としてはやはり音楽小説としての側面を強調したいです。ミステリファンはもとより多くの方に広くオススメの一冊です。
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