鬼殺しを巡る『しおんの王』と『ハチワンダイバー』の対比。

しおんの王(8) <完> (アフタヌーンKC)

しおんの王(8) <完> (アフタヌーンKC)

ハチワンダイバー 16 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 16 (ヤングジャンプコミックス)

 『しおんの王』全編と『ハチワンダイバー』既読者限定です。特に『しおんの王』についてはネタばれ全開になりますので、未読の方はご注意を。


 『ハチワンダイバー』16巻で明らかとなった驚愕の事実。それは、そよの家族はそよを将棋の鬼にするという谷生の実験のために消されたというものでした。
 この真相を聞いて思い浮かぶのは、やはり将棋を題材とした漫画『しおんの王』です。『しおんの王』の主人公・安岡紫音は幼少時に両親を何者かに殺されたショックで言葉を失いますが、最終巻で明らかとされる犯人の正体は名人・羽仁真です。その動機は紫音に将棋を指させ将棋の鬼とすることが目的でした。
 このように、『しおんの王』と『ハチワンダイバー』はストーリー的に極めて接近したわけですが、この展開は『ハチワンダイバー』が『しおんの王』を意識した上で、『しおんの王』とは違った分岐を進んだ場合を描こうとしているというべきだと思います。
 特に印象的なのは、敵討ちの一局でそれぞれ登場した「鬼殺し」と「新鬼殺し」という戦法です(参考:鬼殺し (将棋) - Wikipedia)。

 『しおんの王』では、紫音が「鬼殺し」を採用しました。対して、『ハチワンダイバー』では、谷生が「新鬼殺し」を採用しました。これは、『ハチワン』から『しおんの王』への返歌もしくは変化といえます。
 『しおんの王』の紫音は、鬼殺しで羽仁真という鬼に勝ちました。一方、そよは新鬼殺しを指してきた谷生に対し新鬼殺し殺しの新手で応じますが、力及ばず谷生の軍門に下ることになります。これによってハチワンは物語的には新城カズマがいうところの「塔の中の姫君」に移行したといえます。しかし、これまでのハチワンにおいて、菅田がそよによって救われたのだということを忘れるわけにはいきません。プロ棋士になる夢を絶たれ真剣師として燻っていた菅田ですが、そよに打ち負かされることによって新たな世界が開かれて、そよが用意した相手と指すことによって強くなりました。つまり、これまた新城カズマ風にいえば「さまよえる跛行者」だった菅田が姫によって救われて、今度は「塔の中の姫君」を救う側に回ったことになります。
 『しおんの王』も『ハチワンダイバー』も、それぞれ少女を孤独にすることで将棋だけの存在「将棋の鬼」に仕立て上げることが殺人の目的でした。つまり、将棋以外のものは将棋が強くなるためには邪魔だという価値観がそこにはあるわけです。
 そうしたテーマはハチワンでは早くから明示されていました。

「おまえはオッパイを揉んだら 将棋が弱くなる」
(『ハチワンダイバー』2巻p142〜143より)

「人間は大小あれど、何かに力を発揮する。お前は”将棋”! コツコツと堆く積みあげてきたハズだ。 自分の才能を将棋一点に掛けた」
「まあ…そうです」
「そしておまえの将棋の力はここまでになった……としよう。だがココに追いついてこれるものが一つだけある。なんだ? 女だ
「女だけは必死で積みあげてきたもののとなりに一秒で座る。男にとって鬼門は女、女にとっては男だ」
(『ハチワンダイバー』4巻p31〜33より)

 強くなる上で女は邪魔だと諭された菅田。しかし、菅田はそよへの想いを捨てませんでした。菅田の将棋への想いとそよへの想いは、互いに高めあいながら菅田の原動力となっていきます。いや、そよへの想いだけではありません。将棋によって得られた人とのつながりによって菅田は強くなりました。

「澄野さん 右角… 二こ神さん マムシさん 文字山っ 桐野っ 師匠っ 受け師さんっ」
「みんなが僕を強くした」
(『ハチワンダイバー』17巻p143〜144より)

 一人にならないと強くなれないという谷生と、一人じゃないから強くなれたという菅田。両者の対立が明らかとなったことで単に将棋指し同士というだけでない思想の対立がここに生まれたことになります。
 もっとも、そうした展開は『しおんの王』も同様です。

「誰も必要ない。一人、この世でたったひとりだけ…… おまえと俺は同じなのさ」
「違う――ひとりじゃない! あなたと私は…… 同じじゃない!!」
(『しおんの王』8巻p219〜227より)

 個人競技は誰の助けも得られない孤独な戦いですが、一方で、戦う相手がいなくては自己の強さを表現することができません。それ故に、自らの狂気を相手にも強いる展開がときに描かれるのだと思います。『しおんの王』は最後の最後で「ひとりじゃない」という想いが勝利に結びつきました(実に巧みな構成だと思います)。
 こうしたテーマは他の漫画でも見ることができます。例えば『幽遊白書』。
*1
*2
 個人戦における仲間の存在意義を考える上で普遍的なロジックなのかもしれません。
 ただ、ハチワンの場合にはまるで最終回みたいな場面と主張をラスボスを相手にする前に堂々と打ち出してしまいました。それだけに予断を許さない部分があります。いくら正しいことを言っていても勝負事はやはり勝たなくてはいけません。そして、今のところ菅田が谷生に勝つイメージはまったく湧いてきません。
 果たしてハチワンは今後どのような展開を迎えるのか……。今後がとても不安で楽しみです。
【関連】そろそろ『しおんの王』について語っておくか - 三軒茶屋 別館

*1:幽遊白書 13巻』(冨樫義博/ジャンプ・コミックス)p10より。

*2:幽遊白書 12巻』(冨樫義博/ジャンプ・コミックス)p173より。