ハチワン=081=オッパイと読んでしまう人のための『ハチワンダイバー 17巻』将棋講座

ハチワンダイバー 17 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 17 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 17』(柴田ヨクサルヤングジャンプ・コミックス)をヘボアマ将棋ファンなりに緩く適当に解説したいと思います。
(以下、長々と。)
 菅田対ジョンス・リーの持ち時間それぞれ50時間切れ負け、計100時間将棋は菅田の先手で始まりました。
●第1図(p58より)

 21手目が▲2八玉というのは完全に私の推測なのであしからず。ただ、手数は合ってます。
 ここまでの局面を見ますと、菅田は得意のハチワンシステムから変則的な振り飛車を選択。対するジョンス・リーは居飛車ですが急戦なのか持久戦なのかこの段階ではハッキリとしません。互いに虚々実々の序盤戦です。
 10時間経過で21手目ですから、1手につき約30分かけて指されたことになります。なんと悠長な、と思われるかもしれません。ですが、作中でも紹介されている持ち時間9時間の名人戦などでは似たようなことはままあります。将棋の序盤というのは飛ばそうと思えば飛ばせますが、時間をかけようと思えばいくらでもかけられます。それだけ奥が深いものです。ただ、時間の使い方には当然相手との駆け引きもあります。10時間経過の第1図の局面で手番は後手ジョンス・リーです。ですが、12時間経過のp64〜65を見ても、26時間経過のp66〜67を見ても、実は局面は一手も進んでいません。40時間が経過したp73になって、ようやくジョンス・リーは△5三銀と指しました。
 つまり、30時間近く指さなかったことになるわけです。この間、ジョンス・リーがいったい何をしていたのかといえば、次の手や展開を読んでいたのもあるでしょうが、作中での菅田との会話を鑑みますと、それ以上に菅田を消耗させるためにあえて時間を浪費したという意味合いがかなり強かったものと考えられます。ちなみに△5三銀は持久戦調の手です。手数が長くなる展開を見せて菅田の体力をさらに奪おうという意図を見て取ることができます。ジョンス・リー恐るべしです。ですが菅田も間髪入れず▲3六歩!(p74より)気合の入った応酬です。
 それから50時間経過までに指されたのはわずかに2手。△4四歩に▲3八飛。
●第2図(p76〜77より)

 四間飛車から袖飛車への振り直しです。この振り直しはゴキゲン中飛車などの金銀が左右に分裂する振り飛車で時折見受けられる構想です*1ハチワンシステムには元々▲3五歩からの速攻の仕掛けも地下の真剣師たちを相手にした将棋でありました。なので、この▲3八飛から相手の玉頭を狙う構想はいかにもハチワンシステムらしいといえます。ジョンス・リーは△4三金と仕掛けに備えますが、それでも菅田は▲3五歩(p83)の仕掛けを敢行します。
 ▲3五飛以下の推測手順ですが、△同歩▲7五歩△同歩▲3五飛△3三角▲7五飛△7三歩。
●第3図(p87より)

 飛車を縦に横にと活用します。△7三歩は当然の一手ですが、ここで受け師さんに届けとばかりに▲7二歩。相手のディフェンスの裏を突いた軽妙な一手。放置すると▲7一歩成。なのでジョンス・リーは△同飛としましたが、▲8五飛△8二歩(p107)と相手に歩を謝らせた局面は菅田がポイントを上げたといえます。後手の飛車が8筋から逸れたので菅田は▲6八金と金を自玉に近づけて一転自陣を整備します。ジョンス・リーも△2二玉とやはり自陣の整備に入りますが、菅田は▲6五歩(p107)と角道を開けながら再び飛車を振り回しにかかります。△同歩は相手の思うツボと見たジョンス・リーは△7四歩(p107)と飛車と桂の活用を図ります。
 以後の推測手順ですが、▲6四歩△同銀▲3五飛△7三桂に、▲3三飛成!
●第4図(p108より)

 飛車切りっ、とジョンス・リーは驚いてますが、△7九飛が見えるだけに確かに驚愕の踏み込みだといえます。△3三同金に菅田は取った角を▲6三角(p109)と打ち込みます。飛車金両取りなので△4二飛(p109)は当然の一手。
 ここからの推測手順ですが、▲3四歩△4三金▲7四角成△6五桂▲6四馬△7七桂成▲同桂。
●第5図(推測手順による)

 ここからp114の一連の手順が。相手の体を崩す△6七歩▲同金に△6九飛の打撃。金の両取りを防ぐ▲5八銀にひとまず△9九龍として香車を補充。この後、▲6五桂には△5一香と受け、▲5三桂には△3二金とかわします。そして6一桂成に△9四角の爆打!!
●第6図(p111より)

 攻めにも受けにも厳しい一着。菅田ここで弱々しい声で、しかし渾身のダイブ。長考の末、▲5一成桂と攻め駒を残す順を選択します。ならばとジョンス・リーは△6七角成▲同銀△4九龍と切り込みます。対する菅田は▲3八香と自玉の横腹を守りつつ相手の玉頭を睨む攻防手。ジョンス・リーは△6九龍と6七の銀を取りに行きますが、ここで菅田▲5八角
●第7図(p125より)

 せっかくの大駒を受け一辺倒の目的で自陣に投入。△7九龍に▲6九歩の”角脚の歩”でさらに守りを固めますが、ジョンス・リーは△6六歩の手裏剣で菅田陣を崩しにかかりますが、ここで菅田は▲5三桂成(p130)と意表の攻め合いに出ます。ジョンス・リーもそれを受けて立ちます。△6七歩成▲4三成桂△同飛▲5三金△5八と▲4三金△同金に最後のダイブ。9時間50分経過で▲4一成桂。
●第8図(p146〜147より)

 この手は▲3一馬からの詰めろなので、ジョンス・リーは△4二金打と受けましたが、▲同成桂△同金は完全に菅田の食い付きが成功しています。菅田は緩むことなく後手玉を仕留めにかかります。▲同馬△同銀に▲3三金の93手目は9時間58分経過で指さした菅田は16手後の勝利宣言をします。以下、推測手順も混ざりますが、△3三同桂▲同歩成△同銀▲6二飛△3二歩▲3三香成△同玉▲3四歩△2四玉▲3六桂△1四玉に▲2五銀(p175)と捨てて、△同玉に▲3七桂。
●第9図(p176より)

 第9図で後手玉はどこに逃げても詰みです。ただし、3五に逃げれば本譜より手数は伸びます*2。ですが、ジョンス・リーは△3六玉。菅田は盤を手で左右から押さえながら口で駒をくわえて▲4六金。
●第10図(p183より)

 93手目からの宣言どおり、109手目で菅田の勝利となりました*3

 以下、作中の盤面以外のことについていくつか。

コンピュータとの協働について

 チッチが苦戦して苛立っている筺体の強さの秘密は人間とコンピュータの混合エンジンという仕組みにあります。手の広い序中盤は主に鬼将会の精鋭が指し、終盤の詰みの有無、いわば”長手数の詰将棋”といった場面になったらコンピュータの計算能力をフル活用するというものですが、これは確かに強力です。詰む詰まないといった終盤においてコンピュータ将棋はトッププロすら上回る力をもっていることは周知の事実です。また序盤における前例の有無についてもコンピュータのデータにアクセスすればすぐに分かります。
 世界チャンピオンがコンピュータに敗れてしまったチェスにおいては、すでに人間とコンピュータの協働が試みられています。アドバンスド・チェスと呼ばれるものがそれですが、『決定力を鍛える』(ガルリ・カスパロフ/NHK出版)ではカスパロフが実際にアドバンスド・チェスを実践してみての感想や見解が述べられています。それによりますと、2005年にオンラインサイト「Playchess.com」で開催されたフリースタイルというグランドマスターたちが同時に複数のコンピュータと手を組んで参加した大会において優勝したのは、三台のコンピュータを同時に使用したアメリカ人のアマチュア棋士ふたり組だったとのことです。つまり、棋力に劣る人間+コンピュータ+優れた処理能力が、最強のコンピュータや棋力に優る人間+コンピュータよりも強い、という結果が得られたとのことです。人間とコンピュータの関係を考える上で極めて興味深い事例だと思います。
 ただし、そうしたコンピュータとの協働は、例えば将棋倶楽部24ではソフト指しという禁止行為に該当しますので、実践される際にはくれぐれもご注意を。

決定力を鍛える チェス世界王者に学ぶ生き方の秘訣

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将棋と格闘感覚について

 将棋と格闘技の類似については、プロボクサー内藤大助も次のようなことを述べています。

「ボクシングもプロ同士の試合では簡単にパンチは当たらないからね。フェイントの掛け合いですよ。将棋も高いレベルになるほど、騙し合いというか、駆け引きが大切になってくるでしょ。例えば将棋の対局開始後から攻めまくって、相手がしのいで、手が尽きた途端に一気に逆転してたたみ込まれることってあるじゃないですか。ボクシングもそう。一挙に攻め込むのはいいですよ。でも、倒しきれなかった時が怖いよね。スタミナが切れちゃって相手に反撃されてしまうことも多いですよね。どちらも心理戦の占める要素が大きいところが、僕としては重なるなぁと思うんです」
今、やってみたい10のコト:06game 内藤大助の将棋は”トリッキー戦法”|OCN得するWEBより

ボクシングも将棋でもそうだけど、攻めて、攻めて、攻めて、手が尽きたときに一気にたたみ込まれるもんなぁ。ボクシングもそうだもん。バァ〜っていくのはいいよ。そこで倒しきったら勝ちだもん。でも、倒しきれなかったときが怖いよね。スタミナ切れちゃうんだよな。相手が踏ん張って踏ん張って、一気に攻め込まれちゃうと。
ボクサー内藤大助の将棋のすすめ 将棋インタビュー編|OCNゲームより

 ちなみに内藤大助は大の将棋ファンで、年末特番「大逆転将棋2008」に出演してたり、「将棋世界」2008年2月号に先崎学八段との対談が掲載されたりしています。

詰将棋について

なるぞうくん詰将棋LV5(本書p168より)

 この詰将棋、本書では11手詰(▲3三銀△同桂▲3一銀△2三玉▲1二銀△同香▲2二銀成△同玉▲2一飛△同玉▲3一龍まで)と紹介されています。ですが、どうも▲3一銀△2三玉▲2二飛△1四玉▲1五銀△2五玉▲2四飛成△1六玉▲2六龍までの9手詰が正解*4じゃないかなぁと思うのですが……*5

 以上ですが、何かありましたら遠慮なくコメント下さい。ばしばし修正しますので(笑)。



・『ハチワンダイバー』単行本の当ブログでの解説 1巻 2巻 3巻 4巻 5巻 6巻 7巻 8巻 9巻 10巻 11巻 12巻 13巻 14巻 15巻 16巻 18巻 19巻 20巻 21巻 22巻 23巻 外伝
柴田ヨクサル・インタビュー
『ハチワン』と『ヒカルの碁』を比較してみる

*1:左金が5八などにいると飛車が移動できませんが7八なら移動できる、という意味です。

*2:△3五玉以下、▲2六金△3四玉▲3二飛成△3三合▲2五金まで113手。

*3:手順をまとめますと、▲7六歩△3四歩▲6六歩△8四歩▲6八銀△8五歩▲7七角△5四歩▲5六歩△6二銀▲5七銀△4二玉▲6八飛△3二玉▲4八玉△5二金右▲7八金△7四歩▲3八玉△6四歩▲2八玉△5三銀▲3六歩△4四歩▲3八飛△4三金▲3五歩△同歩▲同飛△3三角▲7五歩△同歩▲同飛△7三歩▲7二歩△同飛▲8五飛△8二歩▲6八金△2二玉▲6五歩△7四歩▲6四歩△同銀▲3五飛△7三桂▲3三飛成△同金▲6三角△4二飛▲3四歩△4三金▲7四角成△6五桂▲6四馬△7七桂成▲同桂△6七歩▲同金△6九飛▲5八銀△9九飛成▲6五桂△5一香▲5三桂打△3二金▲6一桂成△9四角▲5一成桂△6七角成▲同銀△4九龍▲3八香△6九龍▲5八角△7九龍▲6九歩△6六歩▲5三桂成△6七歩成▲4三成桂△同飛▲5三金△5八と▲4三金△同金▲4一成桂△4二金打▲同成桂△同金▲同馬△同銀▲3三金△同桂▲同歩成△同銀▲6二飛△3二歩▲3三香成△同玉▲3四歩△2四玉▲3六桂△1四玉▲2五銀△同玉▲3七桂△3六玉▲4六金まで、です。なにか不自然な点などございましたらご指摘いただければ幸いです。

*4:コメント欄にてご教示いただきましたが、▲3三銀△同桂▲2一飛△同玉▲3一龍△1二玉▲3二龍△2二合駒▲2三銀という手順でも同じく9手で詰みです。

*5:七里さんのTwitterにてご教示いただきました。どうもありがとうございます。