『他人事』(平山夢明/集英社文庫)

他人事 (集英社文庫)

他人事 (集英社文庫)

 人間には、自分の中にある暴力的だったり残酷だったりする負の部分には近づきたくないという思いと同時に、どうしても覗いてみたいという欲求がある。僕の漫画も、自分自身の黒い部分にふれずにはいられないという、ギリギリのところで描いている。
 平山さんが小説家として、どのような思いで書き続けているのかは分からないが、僕にしてみれば暴力的で不条理な匂いのする領域に自ら近づいていく人に見えるし、その人の覗き込んでいるものを僕も覗いてみたいと思うのだ。
(本書巻末の冨樫義博「解説」p327より)

 「幸福な家庭は皆同じように似ているが、不幸な家庭はそれぞれにその不幸の様を異にしているものだ。」とはトルストイアンナ・カレーニナ』冒頭の一文です。とはいえ、あくまでお話としては紆余曲折はあるもののバッドエンドよりはハッピーエンドのお話の方が多いでしょうし、バッドエンドのお話を描き続けるというのも非常に困難なことだと思うのです。ですが、平山夢明はそれができてしまう作家です。すなわち様々な不幸を緩急自在に様々な手法で描くことのできる稀有な作家なのです。
 本書は、「他人事」「倅解体」「たったひとくちで……」「おふくろと歯車」「仔猫と天然ガス」「定年忌」「恐怖症召還」「伝書猫」「しょっぱいBBQ」「れざれはおそろしい」「クレイジーハニー」「ダーウィンとべとなむの西瓜」「人間失格」「虎の肉球は消音器」の14編が収録されている短編集ですが、そのどれもが人間の負の部分を描かれた作品です。
 「倅解体」のように、現実にあった関係記事にリンクを貼ることも憚られるような事件をモチーフとしながらさらにアクロバティックな結末を迎えるお話もあれば、「たったひとくちで……」のように果と因の巡りを恐怖を添えて想起させるお話もあり、さらに「仔猫と天然ガス」は因も果もなくただ不条理な恐怖が描かれています。「れざれはおそろしい」では手の込んだ悪意というものがミステリチックな手の込んだ手法で描かれて、「クレイジーハニー」では一転してSF的未来世界でのB級ホラー的な物語が展開されて、かと思えば「おふくろと歯車」は美醜入り混じったファンタジーなお話です。このように、平山夢明はミステリやSFやファンタジーといったジャンルをあっさりと乗り越えては様々な不幸を描いています。
 日常的な恐怖もあれば非日常的恐慌もあり、突然の災いもあれば真綿で首を絞めるかの如くじわじわと痛めつけられる苦しみもあり、酸鼻極まる肉体的苦痛を描いたものもあればもはや正気も狂気もあったものではない精神的な拷問を描いたものもあり。とにかく一話一話は短いにもかかわらず、読むごとに胃の辺りが重くなっていくのでそう簡単に読み進めることができません。「時間のない中で好きな作家の本を取るのだから、一気に読むのは惜しい」(本書巻末p323より)という冨樫義博のような読書スタンスでなくとも、一気に読むのは非常に困難だと思います。
 ちなみに、収録作で好きな作品を5作挙げると順不同で「他人事」「倅解体」「伝書猫」「れざれはおそろしい」「人間失格」となりますが、どれも酷いお話ばかりなので、不用意に「好きな作品」などと他人に話してしまうと人間性を疑われてしまいかねません。場末の書評ブログじゃないとオススメできない一冊です(笑)。