『樹環惑星――ダイビング・オパリア――』(伊野隆之/徳間文庫)

樹環惑星――ダイビング・オパリア―― (徳間文庫)

樹環惑星――ダイビング・オパリア―― (徳間文庫)

 第11回日本SF新人賞受賞作です。

 SFだけがリアリズムの水位が極端に違っている。じつはSFは何をどんなふうに書いてもいいジャンルだ、という定義は、このリアリズムの水位という点からもっとよく解明されるべきではないか、とぼくなんかはそう思うわけ。つまり『樹環惑星』が新しい、というのは、そのリアリズムの水位ということで、それこそ新しい――何といえばいいのか、そう――視点を切り開いたといってもいいのではないだろうか。
(本書巻末の山田正紀の解説p468〜469より)

 有毒な雲をいただく森からなる広大な低地帯と断崖で隔てられた高地を持つ惑星オパリア。そんなオパリアで新型の森林熱症候群が発生する。原因を究明するために生態学者シギーラは二十年ぶりにこの樹環の惑星に降り立とうとするが……といったお話です。
 SFにおけるリアリズムという観点から本書に着目してみますと、ひとつには描写・説明のリアリズムというものを挙げることができますが、これは巻末の解説にて触れられてますので詳細はそちらに譲りますが、どこまで書いてどこまで書かないかという点において、本書は確かに独特の距離感を維持しているといえます。そうした距離感がSFにおいては作中の世界観に大きな影響を及ぼす。それがSFにおけるリアリズムの問題といえます。
 もうひとつ挙げるとすれば、それはテーマ・題材のリアリズムです。「官僚システムのガバナンス」という言葉が解説では使われているように、本書は行政組織についてのSF、あるいはテクノクラート(技術官僚)のSFとして読むことができます。短期的な問題については個の力で解決できるかもしれません。ですが、中長期的な問題の解決には組織の力が必要不可欠です。そんな個人と組織とを描くバランス感覚が本書は絶妙です。
 森林熱症候群という言葉からも明らかですが、本書はバイオハザード(生物災害)の危機を描いた作品という一面があります。ですが、そこにとどまっていないのが本書のテーマ的な新しさだといえます。2010年10月。日本にて生物多様性条約第10回締約国会議が開催されました(参考:外務省: 生物多様性条約第10回締約国会議の開催について(結果概要))。途上国が有する生物資源に対する先進国のアクセスと乱獲。それによる環境破壊や経済的搾取といった自然と経済、あるいは科学と社会の関係といったCOP10で実際に議論されたような問題についても本書は踏み込んでいます。そんな現実的な問題を扱っていることもまた、本書がリアリズムの水位という観点から見て新しい作品だといえるでしょう。SF、つまりはサイエンス・フィクションとしての”嘘”が描かれている一方で、地に足が着いた作品であるということもいえます。空想を愉しむ想像力と現実の問題に対処する思考力の両方が刺激されます。オススメです。
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