ハチワン=081=オッパイと読んでしまう人のための『ハチワンダイバー 13巻』将棋講座

ハチワンダイバー 13 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 13 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 13』(柴田ヨクサルヤングジャンプ・コミックス)をヘボアマ将棋ファンなりに緩く適当に解説したいと思います。
(以下、長々と。)
 文字山対アマ名人’Sの将棋3局。まずは先鋒(手代木)戦。
●第1図(p14より)

 本局の将棋を野球に例える文字山。ここからの指し手▲5五歩をヒットに例えます。確かに大きな取り込みです。ここからバント、バントと着実に進めます。一手で良くしようとするのではなく、手の組み合わせ(=手筋)によってポイントを上げる。読みの基本です。そして放たれる会心のタイムリーンヒット!
●第2図(p16より)

 飛車取りの▲2三銀ですが、飛車が逃げると5四の地点にいる銀を取られてしまいます。以下の想定手順としては△3三飛▲5四飛△2三飛と互いに銀を取り合う展開になると思われますが、次の▲3五桂が厳しくて先手優勢でしょう。本譜が具体的にどのように進んだのかは分かりませんが、文字山が押しに押しまくって投了図となります。
●第3図(p19より)

 決め手となった▲7三龍ですが玉が逃げると金打ちで詰み。△同玉でも▲6二角△8二玉▲7一角打△9二玉▲8二金△9三玉▲8五桂打△同歩▲同桂までの詰みです。なので△同銀の一手で、これだと詰みはないのですが、▲6三香成と詰めろをかけておけば、先手玉に詰みがないので先手の勝ちでしょう。
 ちなみに、この将棋には元となった実戦がありますのでご参考まで。
【参考】2006年竜王戦:大平武洋対飯野健二(将棋の棋譜でーたべーす)*1
 続いてアマ名人’S次鋒(高尾)対文字山戦。
●第4図(p27より)

 先手後手共に相矢倉戦の典型的な構えです*2。後のチッチ対そよ戦で相矢倉について語られますが、チッチ対そよの将棋は少々変則的な出だしからの相矢倉です。相矢倉、あるいは矢倉24手組についての言及はこの将棋にこそ当てはまります。先手の攻め対後手の受け。「矢倉は将棋の純文学」という米長邦雄永世棋聖の言葉は今では広く知られています。どれだけ指されようとも結論が出ないままの攻めと受けの捻り合いによる決着。それが相矢倉将棋の醍醐味です。本局もアマ名人’Sの攻めをぎりぎりまで受けた文字山が反撃を狙うという相矢倉らしい手順で進行しています。途中図は持ち駒など不明な点が多いので*3省略して投了図のみ確認です。
●第5図(p37より)

 △4八金以下、▲5七玉△5六歩▲4六玉△4七金▲同玉△5七歩成▲4六玉△5六と、までの詰みです。
 続いて中堅(水間)戦です。
●第6図

 アマ名人’Sの中堅は棒銀で一直線に攻めてきました。棒銀9巻で菅田が羽比田に教えているように初心者がまず最初に覚える戦法ではありますが、別に初心者に限らず上級者でも普通に使います。もっとも、当然相手も棒銀の威力は知ってますし、その受け方もまた知っています。きちんと受けられると棒銀は一度撤退せざるを得ませんが、さらに銀を建て直して活用するという二段三段構えの攻めに棒銀の本領があります*4。なので、普通は一気の攻めは決まらないものなのですが、どこをどう受け間違えたのか分かりませんが、文字山は棒銀をまともに喰らってしまいます(笑)。こうなってはひとたまりもありません。棒銀戦法の恐ろしさです。
●第7図(p42より)

 投了図は逃げても合い駒しても▲5四金までの詰みです。
 文字山敗北で右角の登場です。アマ名人’Sの中堅(水間)と副将(深見)に対し、右角は右四間飛車四間飛車の対抗形で挑みます。
●第8図(p49より)

 この陣形から、中堅戦では銀冠、副将戦では穴熊へと堅陣を組んで自陣の憂いをなくし、あとは右四間の長所である飛車角銀桂の理想形からの攻撃によって圧倒しました。右四間飛車は急戦だけでなく持久戦にも持ち込めます。一見単調なようで実は緩急自在の戦法です。
 ただし、13巻での右角の指し方には欠陥があります。それは、右辺の桂馬を3七に跳ねてしまっている点です。『イメージと読みの将棋観』(鈴木宏彦日本将棋連盟)p105以下でも触れられていますが、この桂馬を跳ねてしまうと△3五歩からの反撃があるため陣形の整備が間に合いません。桂馬を跳ねたのなら▲2五桂から急戦を仕掛けるしかありませんし、持久戦にするのであれば▲3七桂と跳ねてはいけません。右角にあこがれて右四間飛車の指そうとする際にはその点だけは十分に気をつけてください。
 投了図の確認をしておきましょう。
●第9図(p62より)

 対中堅戦は▲8一金以下△同玉▲7二角成△9一玉▲8二馬までの詰みです。
●第10図(p67より)

 対副将戦は▲9四香以下△同玉▲9五歩△同玉▲8六金△9四玉▲9五歩△9三玉▲9四銀までの詰みです。
 アマ名人’S大将(朽木)と右角の将棋は、奇しくも地下の将棋王国での菅田との同じ進行となりました。ひとつの戦法を指し続けるということは、それだけ類似の局面に出会いやすいということでもあります。勝った将棋の情報を蓄積し、負けた将棋は敗因を分析して次に活かす。将棋の上達の近道として「得意戦法を持て」といわれることがありますが、本局の右角の将棋はその好例だといえるでしょう。さて、本局。
●第11図(p75より)

 この局面は11巻収録の対菅田戦とまったく同じです。徹底防戦の構えをとった菅田はここで▲4八歩と指しましたが、それに対して右角は▲4四龍と引いてしまったために先手からの反撃を受けることになってしまいました。本局アマ名人’S大将も同様に▲4八歩と指しました。そこで△3九角!
●第12図(p77より)

 ただで取られてしまう場所への角打ちですが、▲同金と取ってしまうと△5八龍(△5八銀成)の一手詰めです。かといって▲1八飛は△6六歩▲4七歩△5七角成となって後手勝勢です。おそらくは▲4七歩△2八角成と飛車を取り合うしかないと思うのです。しかし、それもやはり金銀が上ずってしまっている先手と平べったいままで隙の少ない後手の陣形の差や△6五歩の存在などもあって後手優勢でしょう。
●第13図(p80より)

 投了図は▲5九玉△6九金▲同銀△同成銀までの詰みです。

 最後にチッチ対そよ戦です。
●第14図(p182より)

 最初に本局が始まって早々に「矢倉24手組」の説明がされています。「矢倉24手組」といっても手順は必ずしも一通りではないのですが、初手からの手順は▲7六歩△8四歩が基本です(参考:相矢倉 - 関西将棋会館)。ところが本局は、チッチ▲7六歩に対してそよは△3四歩と同じく角道を開ける手で返しています。これは、「矢倉24手組」とは異なる駒組みです。そのため、結果として双方が矢倉の構えに組んだという意味では相矢倉となりましたが、通常の相矢倉とは微妙に異なる駒の配置となりました。それが上図です。上図では先手は入城して攻撃形も完成しているのに対し、後手玉は一見すると攻撃形は完成しているものの入城できておらず駒組みが立ち遅れているように見えます。ただし、先手が2筋の銀を主体とした攻撃形を組んでいる本局の場合には入城しないほうが当たりが強くないという意味もありますので、実をいうと後手としてそんなに悲観するような局面でもないと思います。もっとも、ここから先手の一方的な攻撃が始まりますので、自分の身体がかかっている澄野にしてみれば気が気ではないのも無理からぬことでしょう(笑)。
●第15図(p199より)

 ▲3六歩。どのように応じても矢倉城が弱体化する急所の一手です(もっとも先手も桂頭に歩を打たれたりしてるので、もたもたした攻めはできませんが)。そよは△同金と応じて自玉の矢倉を一度壊すことを決断します。
●第16図(p202より)

 チッチの攻めによってそよの矢倉は崩壊しました。しかしここでそよ△4四銀。徹底的に受けながら再び囲いを”リフォーム”していきます。そして……。
●第17図(p207より)

 天空に築城した矢倉城*5への入城に成功しました。ただでさえ「中段玉は寄せにくし」なのに、その中段玉の周りに金銀の囲いがあっては手も足も出ません。先手の攻めは完全に切らされてしまいました。ここまで耐えに耐えてきたそよの反撃のターンがいよいよ回ってきました。
●第18図(p210より)

 後手は堅陣で駒得。さらに△8九金という確実な攻めまであって、先手としてはどうしようもありません。投了もやむなしです。ちなみに、この将棋には元となった実戦がありますのでご参考まで。
【参考】
2006年棋聖戦:渡辺明対木村一基(将棋の棋譜でーたべーす)
棋聖戦最終予選対木村七段戦。 - 渡辺明ブログ

ハチワンダイバーは13巻が発売。この巻最後の将棋、「ずいぶんと荒い攻めをするんだなぁ」等と思いながら読み進め、投了図を見て愕然。これは自分の将棋で、しかも荒い攻めをしていたのは自分でした。(H18・2・28・木村八段戦・棋聖戦最終予選)
イベント告知など。 - 渡辺明ブログより)

 ちょwww渡辺竜王wwwww



 将棋の盤面以外の話を少々。
 鬼将会の中のキャバクラで楽しくお酒を飲みながら将棋を指す文字山と澄野。将棋を指す大人の方であれば同意いただける方もおられると思うのですが、お酒を飲みながら将棋を指すのはとても楽しいものです。頭の働きを鈍らせるお酒と頭を最大限に働かせる将棋とでは、ともすれば相性が悪そうなものなのに。不思議なものです。そんなわけで、女の娘はいなくてもいいから楽しくお酒を飲みながら将棋を指せるお店があればいいのになぁ、という方に朗報です。プロの将棋棋士である橋本崇載七段のお店、その名も「SHOGI-BAR」が12月1日にオープンとのことです。
http://blog.livedoor.jp/hassy_blog/archives/51360631.html
 まだオープン前ですしどんな雰囲気になるのか分かりませんが、将棋を指せる程度の理性を残しつつ楽しくお酒が飲めるといいですね。

 以上ですが、何かありましたら遠慮なくコメント下さい。ばしばし修正しますので(笑)。



【関連】
・『ハチワンダイバー』単行本の当ブログでの解説 1巻 2巻 3巻 4巻 5巻 6巻 7巻 8巻 9巻 10巻 11巻 12巻 14巻 15巻 16巻 17巻 18巻 19巻 20巻 21巻 22巻 23巻 外伝
柴田ヨクサル・インタビュー
『ハチワン』と『ヒカルの碁』を比較してみる

*1:実戦では第2図の局面で投了となっています。私の目にはそこまで差があるとは思えませんが、プロのレベルになると厳しいということなのでしょうね。

*2:後手文字山の矢倉が崩れているように見える方もいるしれませんが、△2四銀は先手からの▲2五桂の仕掛けに予め備えた先受けの手で、矢倉ではよく指されます。

*3:いかにも元棋譜がありそうな進行ですが、私には分かりませんでした(トホホ)。心当たりのある方がおられましたらご教示いただければ幸いです(ペコリ)。

*4:ただし、プロの将棋でも棒銀の攻めがそのまま決まってしまう場合があります。例えば2009年竜王戦決勝トーナメント:森内九段対羽生名人戦では羽生の一手損角換わりに対して森内が棒銀の攻めを敢行して勝利を収めました。棒銀あなどるべからず、です。

*5:天空の城が出来上がったら何とかして「バルス」を唱えるのが将棋ヲタ的お約束です(笑)。【参考】この打ち筋……そうかこいつが、「と成りのトトロ」か……!:ハムスター速報