『人柱はミイラと出会う』(石持浅海/新潮文庫)

人柱はミイラと出会う (新潮文庫)

人柱はミイラと出会う (新潮文庫)

 「人柱」「黒衣」「お歯黒」「厄年」「鷹匠」「ミョウガ」「参勤交代」といった江戸時代(あるいはそれ以前)の文化が生き残った微妙に奇妙な現代の日本を舞台にした連作短編集です。
 奇妙な日本というパラレルワールドを舞台としたミステリとなると、山口雅也の『日本殺人事件』が思い浮かびますが、そこまで現代離れしたものではありません。『日本殺人事件』の方は日本の伝統を残すために現代を変容させることで奇妙なパラレルワールドを創出し、そうすることで奇妙な論理をミステリの文脈で堂々と描き出すことに主眼が置かれていたのに対し、本書は現代の日本をあまり変質させないような配慮がなされています。もしも伝統が今にも生きているとしたら、それが現代の文化とどのように共生して、それによって現代人の生活がどのような影響を受けるのか、といった現代と伝統の双方の妥協によって成り立っています。
 いわばちょっとした思考実験のようなものです。そうした思考実験の設定とそれによって生じる変化とそれが生じた理屈を説明するための手段として、ミステリの枠組みが利用されています。なので、トリックとか意外性というよりは、まさに石持ミステリ特有の微妙に奇妙な論理を楽しめるかどうかが肝です。そういう意味ではオススメできる読者層は狭まるかもしれません。ただ、似非文化史ものとしての面白さ、ひいては日本の文化史への興味を紐解く本として位置づけることもできますので、気軽に読む本としては悪くないと思います。
 以下、各短編ごとの雑感を。
 〈人柱はミイラと出会う〉 「人柱」の風習が残っているというのは非常に衝撃的ですが、生け贄ではなく”担保”として現代に残り、そのため”人柱職人”といった仕事まであるという設定と論理。これこそが本書の面白さです。さらに人柱とミイラという対比はイメージ的にも理屈としても楽しいです。
 〈黒衣は議場から消える〉 「黒衣(くろご)」という”見えない男”に焦点を当てているという意味で正当な問題意識を持ったミステリといえるのかもしれませんが、それをこんなふざけた設定でぬけぬけとやっている点に良くも悪くも遊び心を感じます。
 〈お歯黒は独身に似合わない〉 既婚女性が歯を黒く染めるという習慣が残っている日本で、では独身の女性がお歯黒をしているのはいったい何故なのか? 正直いってお歯黒って何となく不気味に思うのですが、そんな個人的なイメージどおりの醜悪な真相の悪趣味さが素敵です。
 〈厄年は怪我に注意〉 厄年はともかくとして、そこからさらに一年の「厄年休暇」や「厄年保険」なんてものまで派生させてしまう発想の飛躍が面白いです。普通なら怪我をしたら事件ですが厄年なら怪我をしても当たり前で(笑)、なのにそこに事件性を見出すという捩れた理屈には呆れ半分の感心半分です。
 〈鷹は大空に舞う〉警察犬ならぬ警察鷹として現代に生き残る鷹匠の技術。他の作品と比べると割と実用性が高いように思うのでお話としては正直イマイチです。ちなみに、本作とはまったく関係ありませんが(←ここ重要)、こんな記事がありましたのでご参考まで。
 ミョウガは心に効くクスリ〉 「ミョウガを食べると物忘れが酷くなる」→「忘れたいことが起きたらミョウガを食べる」という発想の転換にくすりとさせられます。そんなミョウガを使った作中での発想の転換もまた面白いとは思いますが、そういうことはもっと直接的な表現で伝えたほうが効果的だと思ったり。
 〈参勤交代は知事の務め〉 今に残る参勤交代、というと奇異に思われるかもしれませんが、地方からの陳情が地方の政治家の重要な仕事である現状ではむしろ合理的なシステムなようにも思います。「一理あるな」と思わせれば、後の事件にまつわる推理についても一理を以って成立させてしまうだけの勢いを得られるわけで、決して「一理しかないな」と思わせない辺りが本書の面白さなのだと思います。