『堂場警部補の挑戦』(蒼井上鷹/創元推理文庫)

堂場警部補の挑戦 (創元推理文庫)

堂場警部補の挑戦 (創元推理文庫)

 オビや1ページ目において「連作」という点が強調されていて、『堂場警部補の挑戦』というタイトルであれば、普通は堂場警部補が主人公として活躍する連作短編集が想像されるでしょう。ところがさにあらず。それが本書解説などで蒼井上鷹が「ひねくれ者」と称される所以です。
 本書は短編4編からなる連作短編集ですが、その目次からして奇異なものです。すなわち、「第一話 堂場警部補とこぼれたミルク」「第二話 堂場巡査部長最大の事件」「第三話 堂場刑事の多難な休日」「第四話 堂場4*1/切実」と、頭から読んでいくことが前提となっているにもかかわらず、堂場警部補の階級が下がっていって、ついにはなくなってしまっています。
 こうした構成の奇妙さは、第一話においても見て取ることができます。ネタばれを回避しようとすると非常に語りにくいのですが、ひとつひとつの事実の事実やエピソードといったピースがあったとしても、その並べ替えを替えてしまうと違った結論・物語ができてしまうというのはミステリの推理においてよくあることですが、そんな論理のバリエーションが小洒落た構成で表現されています。第61回日本推理作家協会賞短編部門候補作に選ばれたのも納得の逸品です。
 続く第二話、第三話では、やはり目次のとおり堂場”巡査部長”と”刑事”が登場し、それぞれの事件においてそれぞれの役割を演じます。いったい堂場とは何なのか?そして何に挑戦しようとしているのか?そんなすべての謎が明らかになるのが第四話です。一編一編の工夫やロジックはなかなかに楽しめる作品揃いです。
 連作としては、本書は確かにオチてはいます。その遊び心や論理の捻り具合は面白いです。ですが、それでいて読後感が決してよいとはいえないのが正直な気持ちでもあります。いや、決して悪くもないのですが……。蒼井上鷹という作家は、「奇妙な設定」という掴みは巧みで、その設定どおりの物語を書くことには書きます。もともとの設定が奇妙なだけに奇妙な筋を辿る奇妙で風変わりな物語ができ上がるものの、そこにはイマイチ衝撃が感じられない。そんな気がしています。本書の解説などでは、蒼井上鷹の描く人物の言動は「小市民の営み」と評されていますが、どうにも違和感を覚えずにはいられません。ってか、そもそも小市民は殺人事件などに関わったりはしませんよ(そういう意味では、米澤穂信の「小市民」シリーズの自意識過剰なアプローチは実に秀逸だと思います)。
 つまり、登場人物が小市民なのではなくて、物語自体が実はこじんまりとしたもので、しかしながらそもそもの設定が奇妙なために結果としてこじんまりさを感じさせない。それが蒼井上鷹の作風でありテクニックなのではないのかなぁ、と今のところ思ったりしています。いや、それならそれで構いません。ただ、蒼井上鷹の作品のもうひとつの問題点(?)として、勧善懲悪といった分かりやすいカタルシスに欠ける、というのもあります(むしろ、こちらを理由として「小市民の営み」と理解すべきかもしれません)。
 ただ、「こじんまり」というのは、よくいえば「堅実」と評価することもできますし、実際そのように受け取るべきでしょう。奇妙な筋立てから生まれる少々ブラックなユーモア感覚が楽しめる佳品です。

*1:本当はローマ数字の4です。ローマ数字が文字化けするブラウザっていったい何なの?馬鹿なの氏ぬの?(←落ち着け俺。)