『理系思考術』での藤井九段の扱いが酷すぎる件。

NHK将棋講座 2010年 02月号 [雑誌]

NHK将棋講座 2010年 02月号 [雑誌]

 『NHK将棋講座』2010年2月号には、2009年12月13日に放送された3回戦第2局▲藤井猛九段対△丸山忠久九段戦の観戦記が収録されています*1
 四間飛車に革命をもたらした藤井システムの開発者として知られる藤井九段ですが、最近は矢倉で”早囲い”と呼ばれる指し方を多く採用しています。本局も矢倉を採用しますが序盤巧者ぶりを遺憾なく発揮して戦機をつかむと中盤も見事な指し回しで優勢を築きます。しかし……。
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 本局は視聴していてあまりに劇的な幕切れとなってしまいましたが、本局のような序中盤の鮮やかな指し回しと終盤での不安定さは藤井将棋の持ち味となってしまっています。そのため、某巨大掲示板などでは”終盤のファンタジスタ”という嬉しくない異名までついてしまっているのですが、その異名を活字にしてしまったのが『理系思考術』(岡嶋裕史ソフトバンク新書)です。

 例えば、藤井九段(段位は2009年4月現在)という棋士がいる。「終盤のファンタジスタ」と呼ばれ、プロ棋士の中では終盤戦で思いもよらない見落としをすることの多さでファンを魅了している。私も大好きである。藤井九段のファンである以上、どんなに優勢で終盤を迎えたとしても、ひとときも気を抜くことは許されない。勝っていた将棋が急転直下、ものすごい速度で負けになることがある。
(『理系思考術』p118より)

 ”藤井システム藤井システム - Wikipedia)”という将棋の定跡に革命をもたらした画期的戦法を開発した棋士に対してなんてことを(笑)。上記の文章だけでも十分酷いのですが、同書においてこの後に続く文章も地味に酷いです。
 そもそも同書第4章のテーマは「確率についての考え方」です。その中で藤井九段と羽生四冠が戦って藤井九段が勝つ確率は?というのが論じられているのです。同書によると、伝統的な数学的確率で考えれば、勝つか負けるかの確率は等しいものと考えられるので、藤井九段の勝つ確率は50%ということになります。
 ところが、同書では次のようなデータが出されて50%という答えに疑問が示されます。すなわち

藤井 14勝(勝率0.333……) ― 羽生 28勝(勝率0.666……)
 この数字は羽生四冠が先手だったとき、さらにこんなことになる。
藤井 2勝(勝率0.111……) ― 羽生 16勝(勝率0.888……)
 このような数字を見ると、かなり楽観的に人生を謳歌している人でも、「よし、ここは一発、藤井九段に全財産を張ろう」とは言いにくいであろう。
(『理系思考術』p120より)

 酷すぎ(笑)。かつて竜王戦で谷川から竜王を奪い、その後に竜王3連覇など偉大な足跡を残している棋士に対してなんという扱いでしょう(笑)。もっとも、それだけ藤井九段が将棋ファンに愛されているということの証ともいえるのでしょうけどね。
 そんな『理系思考術』ですが、他にも「第2章 無駄を排する考え方」では無駄な手を「読まない」ことで現実的な時間内に答えを出すトッププロの考え方が紹介されてたり、「第5章 確率で正解に迫る考え方」ではコンピュータ囲碁で最近よく聞かれるようになった「モンテカルロ法」が紹介されたりしています。なので、将棋に興味のある方であれば読んで損のない本だと思いますよ。
【参考】
知れば天国、知らねば地獄――「探索」虎の巻 - ITmedia エンタープライズ
でるかコンピューター名人 囲碁に確率重視の「モンテカルロ法」(asahi.com)
コンピューター囲碁、実力は? トップ級プログラムがプロに挑戦(asahi.com)

*1:ただ、この観戦記は個人的には甚だ不満です。▲8三飛が指されたのを見たときの衝撃が本観戦記を読んでもまったく甦ってきませんし、△8二香の時点での厳密な形勢についてまったく触れられていないの不満です。感想戦の様子がまったく触れられていないのも不満です。総じてガッカリな観戦記でした。