『災厄の紳士』(D・M・ディヴァイン/創元推理文庫)
- 作者: D・M・ディヴァイン,中村有希
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2009/09/30
- メディア: 文庫
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「そういうものでしょ。自分が裏切った人間は顔も見たくないのよ、自分の裏切りを思い出すから」
(本書p108より)
正直言って、最初のうちはそんなに読む気がするお話ではありません。婚約者に捨てられたばかりの美人令嬢アルマ。そんな彼女に近づいて、”共犯者”の指示の元、着実に篭絡していくジゴロのネヴィル。コンゲームといってしまえば聞こえはいいですが、悪趣味な導入なのは否めません。とはいえ、彼らの狙いが単純な結婚詐欺とは思えなくて、ではいったい何が目的なのか?といった興味はそそられます。
本書の前半は、アルマを篭絡しようとするネヴィルと、アルマの姉であるサラとの2つの視点による三人称描写で語られます。サラはアルマの身を案じる一方で、そもそものアルマが婚約者に捨てられるきっかけとなった彼女の父親の言動も気にかけています。父親の過去に何があったのか?
そんなサラの心配を他所に、ネヴィルの計画は着々と実行され、そして思わぬ事態が発生します。
そこから先はミステリらしい展開を見せます。サラとアルマの父親の隠し事。ネヴィルの目的。”共犯者”の正体。そして……。視点人物がサラとボグ警部に代わる後半では、序盤の展開と伏線の意味が一気に明らかとなり、そこには意外な真相が待っています。解説で鳥飼否宇が指摘していますが。倒叙物とフーダニットのおもしろさを併せ持った傑作だといえるでしょう。
巧緻なプロットの背景には、登場人物の心情の書き込みがあります。後半で探偵役を務めるサラにしろボグ刑事にしろ、いわゆる名探偵と呼ばれる立ち位置ではありません。お家族の問題で悩み真相を暗中模索する普通の人間です。そうした人物の視点で描かれているからこそ生まれる意外性があります。また、真相開示後にも耐え得るだけの性格付けが行なわれることでプロットの巧妙性もより映えます。
悪趣味な導入で、殺人事件も起きて、お世辞にも幸福な結末とはいえませんが、それでも本書の読後感にはどこか爽快感があります。過去と現在の謎とを巧みにつなぎ合わせて解きほぐしささやかな未来を紡ぐ結末。プロットの妙もさることながら、コンゲームの中において、知的駆け引きのみならず情もまたおろそかにはされていなかったことによる効果なのだと思います。
それにしても、年に1回のペースでディヴァインの作品を刊行し続ける東京創元社の姿勢は本当に狡猾です。もっと一気に出してくれてもいいのに(笑)。