『五番目のコード』(D・M・ディヴァイン/創元推理文庫)

五番目のコード (創元推理文庫)

五番目のコード (創元推理文庫)

「警部、棺には何本の取っ手(コード)があるか、考えましたか?」
 コーエンは彼を冷たく見返した。「ああ、ビールド君、考えたよ」
(本書p83より)

 スコットランドの地方都市で女性教師が何者かに襲われた。この事件を皮切りに連続殺人事件が発生する。現場に残された棺のカードからさらなる連続殺人の発生が予想される。新聞記者ジェレミー・ビールドは被害者たちと面識があったことなどから警察に事件への関与を疑われながらも真相を突き止めようと取材を続ける。果たして犯人は何者なのか……。といったお話です。
 年末ベスト本ランキングの常連であるディヴァインですが、本作もまた期待に違わぬ傑作です。本書はそもそも1994年に社会思想社から刊行されたものですが、近年のディヴァインの再評価(というか再刊行)は私のような若輩者のミステリ読みにとってとても有難いです。
 本書の原題は「THE FIFTH CORD」です。CORD=コードとは作中にもある通り「棺の取っ手」を意味します。また、連続殺人犯はそれにちなんで電気コードによる絞殺を繰り返します。ミステリではこうした言葉遊びが洋の東西を問わず行われますが、事実を基にした複数の推理が行われるミステリの面白さを端的に表現していものだといえるでしょう。そんな言葉遊びをさらに続けてみますと、本書のコードには犯人と被害者をつなぐ線という意味も含まれていると考えられます。五番目の線が意外なものであるからこそ「五番目のコード」なのです。
 作中に挿入されている「殺人者の告白」という殺人者による語りのパートも、最初は読者に向けてのメタ的な語りかと思いきや、途中から作中内に落とし込まれて伏線として機能します。ディヴァインらしいさすがの構成力といえます。本書はクリスティ『ABC殺人事件』についての言及がありますので未読の方は注意していただきたいのですが*1、被害者の共通点から真相を導き出そうとする、いわゆるミッシング・リンクものとしても興味深い作品です。
 とはいえ、真相自体は実にシンプルなものです。だからこそ面白い、と思われる方もいれば、ミステリとしては物足りなさを覚える方もおられるでしょう。ですが、作品全体としては十分に読み応えがあります。ディヴァインについて語るときによくいわれるのが、シリーズ・キャラクターを作らなかったという点です。それだけ人物造形力に優れているということでもありますし、そのおかげで定型的でない人間ドラマを楽しむこともできます。本書の主人公ジェレミー・ビールドは記者として優れた能力を持ちながらも鬱屈した日々を過ごしていた彼ですが、事件に巻き込まれることによってその屈折した性格がさらに浮き彫りとなります。ワトソン役(?)であるヘレンに支えられてようやく事件に立ち向かうジェレミーの姿はとても頼りないです。探偵役にありがちな超人性は皆無ですが、人間性あるキャラクタだといえます。それは、本書の事件の真相を考える上でとても大事な要素です。
 ミステリ読みはもとより多くの方にオススメできる一冊です。

*1:私見ですが、クリスティの作品ですと『ABC殺人事件』『オリエント急行の殺人』『アクロイド殺し』の3作は有名ですし応用作も多くネタバレの被害に遭う可能性も高いので未読の方は早めに読んでおくのがよろしいかと。