『誰もわたしを倒せない』(伯方雪日/創元推理文庫)

誰もわたしを倒せない (創元推理文庫)

誰もわたしを倒せない (創元推理文庫)

 本書はプロレス業界を舞台とした連作短編集です。
 プロレスがテーマになっているミステリとしては、本書よりも少し前に発表された『マッチメイク』(不知火京介/講談社文庫)という作品がありますが、『マッチメイク』で提起されたプロレスから真剣勝負(ヴァーリ・トゥード)への移行という問題点がいみじくも本書の主眼となっています。なので、業界小説としてはどちらもオススメではありますが、順番としては『マッチメイク』を読んでから本書を読んだほうがプロレスについての理解という意味では有用かもしれません。
 実はこの作品、いわゆる連鎖式と呼ばれる手法が採用されています(参考:〈連鎖式〉――作品リストとささやかな考察黄金の羊毛亭))。なので、短編集ではありますが最初から順番どおりに読むことを強く推奨します。また、その手法ゆえにあまり詳しいことを言ってしまうと興ざめになってしまうのが難しいところではありますが(苦笑)、しかしながら、その試みこそが本書について語る上でもっとも評価したい点でもあります。なぜなら、プロレスにはアングルと呼ばれる業界用語がありますが(参考:アングル (プロレス) - Wikipedia)、そうしたアングルというものを表現するための手段として連鎖式が採用されたものと考えられるからです。連鎖式という手法は物語を最後で引っくり返すために用いられることが多い手法なので、それによって読者に意外な驚きを与えてくれますが、本書の場合にはそれだけではなくて、テーマとジャンル形式の結び付きという面においても意義のあるものになっているのです。連鎖式という手法を考える上で非常に興味深い作品だといえるでしょう。
 短編ごとの雑感を簡単に述べておきますと、〈第一話 覆面〉は覆面というプロレスのギミックがミステリのギミックとして巧みに機能しています。ミステリ的にとてもスマートな逸品です。〈第二話 偽りの最強〉は、真剣勝負とプロレスとの境界の問題です。ミステリとしては箇条書きでのアリバイの確認が面白いところではありますが、プロレス小説ならではの動機とその背景が本作の力点です。〈第三話 ロープ〉は、メインのトリックについてはノーコメントとしか言いようがありません(笑)。殺害のトリックそのものは苦笑を禁じ得ない類いのものですが、作品全体の雰囲気がそれを許してはくれません。〈第四話 誰もわたしを倒せない〉に至っては殺害方法(?)はもはやバカミスといっても過言ではありませんが、最強とは何なのかという問い掛けは重いです。その問い掛けの答えはすべての真相が明らかとなる〈エピローグ〉へと持ち越されることになります。
 フェアプレイの精神が重視されるミステリというジャンル形式だからこそ、本書のテーマは映えます。最強を望むといことはどこまでも無駄なく論理的に強さのみを追い求めるということで、そこではときに倫理が置去りにされがちです。プロレスに限らずスポーツとミステリは意外と相性が良いように思うのですが、両者の親和性はそんなところにあるんじゃないかと思ったりしました。
【関連】『マッチメイク』(不知火京介/講談社文庫) - 三軒茶屋 別館
【参考】プロレスとミステリ〜ジャンルとしての類似を考察する〜 プロレスLOVELOVE愛してる/ウェブリブログ