『おちけん』(川島よしお/アクションコミックス)

おちけん (アクションコミックス)

おちけん (アクションコミックス)

 こちらで絶賛されていたので読んでみたのですが、成程、確かに面白かったです。
 落語研究会(おちけん)3人娘による落語コメディーです。落語の天才だけど人前では話せない加藤茶子。噺家の孫娘で枕は上手だけど落語はド下手な京マチ子。上京してたまたま聴いた落語に魅せられて落研に入部することにした、見た目は奇麗な外国人だけど言葉は津軽弁の北大路アンナ。そんな3人しかいない落研ですが、部を存続のため、学生落語選手権に向けて落語の腕を磨くことになります。
 4コマ漫画と落語の相性ってどうなんだろう? という興味が、私が本書を手に取った一番の理由なのですが、それはまったくの杞憂でした。というより、4コマという形式によって落語という伝統芸能が実に巧みに表現されています。作中で「落語は小噺が集まってできたものです」(本書p92)とされていますが、本書の場合にもそれと同じことがいえまして、4コマという小噺が集まることによってひとつの人情噺ができあがっています。落語のテンポや落ちの多彩さといったものまで表現されていますし、題材と技法とが真にシンクロしている作品として評価することができるでしょう。
 本作では、「青菜」「明鳥」「金明竹」「子ほめ」「子別れ」「寿限無」「大工調べ」「狸賽」「時そば」「長屋の花見」「文七元結」「饅頭こわい」「目黒のさんま」「薮入り」「悋気の火の玉」といった作品が元ネタとなっています。これらの落語が作中ではあまり(というか、あえて)説明されていないの面白いところです。有名なものについてはいちいち説明する必要がない、というのもありますが、作中でアンナが体験してるような、落ちが分かったときの「ほうっ」という喜びを実感するにはあまり説明されない方がいい、というのもあるでしょう(もっとも、作品内や巻末で最低限の説明はされていますのでご安心を。ただ、「青菜」の落ちが頭の固い私にはどうしても分からなくて苦労させられたことは白状しておきます・笑)。といいますか、そもそも私のこうした文章自体が無粋なものだという自覚はありまくりなので、その点はご容赦を(汗)。
 説明されないのは落語だけではなくて、アンナが話す津軽弁もあまり説明されません。まあ特に説明されなくても意味は分かる、というのもありますが、それだけではありません。落語初心者のアンナの落語は津軽弁が全開です。そんなの普通なら聴いても分かるはずがないと思われるかもしれませんが、そんなことはなくて、落語の演目(アンナの場合には「饅頭こわい」)の筋がそれを補ってくれます。つまり、先に落語について説明されないと述べましたが、この場合には、落語が津軽弁を説明してくれているのです。説明しなくても伝わる人情の機微といったものが描かれているのがこの作品のよいところです。
 本書では落語を通じてのコミュニケーションと成長といった学園ものらしいテーマも描かれています。それが体現されているのが加藤茶子です。彼女がなぜ落語が上手で、それがなぜ人前では話すことができないのか。その答えは読者には分かるように説明されますが、それは彼女の回想によってであって、言葉によって直接語られるわけではありません。語られるのは最後の落語によってです。古典落語というのは時代の変化にさらされたりするわけですが、一方で普遍的な思いというのはあるわけで、そんな変わらぬ人情というものが粋に表現されているのが落語の、そして本書の魅力だと思います。
 アンナと茶子についてはこうしたストーリーが用意されているのにもかかわらず、主要キャラでありながらマチ子の扱いだけ軽いのが少々残念ではありますが(笑)、涙あり笑いあり、軽妙だけど骨のあるお話としてオススメの一冊です。