『死せる案山子の冒険』(エラリー・クイーン/論創社)

死せる案山子の冒険―聴取者への挑戦〈2〉 (論創海外ミステリ)

死せる案山子の冒険―聴取者への挑戦〈2〉 (論創海外ミステリ)

 エラリー・クイーンのラジオドラマ・シナリオ集第2弾です。
 本書もまた巻末に訳者による詳細な解説が付いています。なので、私がここで改めて語るようなことなどありはしないのですが(笑)、その解説によれば、第1集と第2集(本書)の分類には意味があるものとされています。すなわち、第1集には国名シリーズ的な要素が多いものが、そして、第2集には中期のライツヴィル的な要素が多いものを選んで収録した、とのことです。とはいえ、これもやはり解説に書かれていることではありますが、それは第1集と比較したときにパズルとして本書収録作品が落ちる、ということではありません。それに、ライツヴィル的な要素としての一側面である社会性から生まれる意外性というものもあります。いずれにしても、第1集と同じく、本書もまたクイーンのファンであれば必携書といっても過言ではないでしょう。
 以下、ネタバレにならない範囲で短編ごとの雑感を。
 〈生き残りクラブ〉の冒険は、収録作品中で私が一番好きな作品です。ラジオドラマというのは大衆的な娯楽です。そのため、その問い掛けは「誰が犯人か?」というフーダニットの分かりやすい形式によって出題されます。つまり、たとえ真相の全容がつかめなくとも、「犯人は誰?」と予想するくらいは当てずっぽうだったとしても誰にでもできますから、そうした出題形式にすることで広く聴取者の興味を惹くことができるわけです。本作もまたそうしたフーダニットの形式が踏襲されている作品ではあります。ですが、それまで思い描かれていた仮説があっという間に引っくり返ってしまう構図はとても鮮やかです。もっとも、真相を事前に真相を予測するために手がかりの中に日本人には難しいものが含まれているのが残念といえば残念ではありますが、それを差し引いても傑作だと思います。
 死を招くマーチの冒険ダイイング・メッセージものですが、本作はラジオドラマなのであまり凝ったものにはできません。なので、アルファベットに見えたけど実は違った、というようなネタは使えませんが、そうした制限下にあっても工夫したアイデアがひねり出されています。もっとも、本作もまた日本人には少々難しいものになってしまっているのですが、こればっかりは仕方がありませんね(笑)。
 ダイヤを二倍にする冒険は、解説にもある通り真相に粗があります。ですが、解決編における論理の鮮やかさというでは白眉だといえるでしょう。
 黒衣の女の冒険は、真相そのものとそれを導き出すための論証も去ることながら、真相を隠すためのミスリードに力点が置かれているのが面白いと思います。
 忘れられた男たちの冒険は、ホームレスのコミュニティを舞台にした物語です。文章で読む限りでは普通に思われるかもしれませんが、家族がみんなで聞いてるラジオドラマのシナリオであったことを考えると感慨深いものがあります。「見えない者」を「見える者」とすることで「見える者」を「見えない者」に仕立て上げた発想の妙が光る秀作です。
 死せる案山子の冒険は、事件の被害者が案山子に擬せられて畑の中に放置されているという衝撃的な場面から始まります。犯人当てとしての難易度が低いことを本作の欠点としてあげることはできますが、全体のサスペンスに満ちた雰囲気と相俟って、ラジオドラマとしてはこれくらいの方がむしろよいのではないかと思わないでもありません。
 姿を消した少女の冒険は、これ、本当にラジオドラマでやったのですか?(笑) いや、確かに今となっては珍しいものではありませんが、それはやはり私たちの常識が荒んでしまっているからなのでしょう。クイーンがある事実を指摘する最後の場面ですが、医学的事実の真偽はさておくとしても蛇足なことは間違いないでしょう。ですが、そうした余剰こそ中期のクイーンの魅力だと考えるのは、単なるファンの身びいきではないはずです。
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