『独白するユニバーサル横メルカトル』(平山夢明/光文社文庫)

独白するユニバーサル横メルカトル (光文社文庫)

独白するユニバーサル横メルカトル (光文社文庫)

 2007年版「このミステリーがすごい!」第1位に選ばれ、さらに第59回日本推理作家協会賞短編部門を受賞した「独白するユニバーサル横メルカトル」が収録されている短編集です。私は平山作品を読むのは本書が初めてでしたが、上記の受賞暦などから連想されるミステリっぽさは皆無、とまではいいませんが、まずはホラーに分類されるべき作風だと思います。とはいえ、スプラッタやサイコホラーはミステリ読みにとってはお隣さんのようなものですから、読んで期待外れということはありませんでした(ただしグロ注意でしたが)。

10142(ニコチン)と少年――乞食と老婆

 グリム童話のパロディである本作は暗黒童話です。童話らしい平明な語り口が子供特有の無邪気さの裏返しである残虐性をも淡々とリズミカルに描写しています。ニコチンのダジャレには苦笑するしかありませんが、一足早く知ってしまった煙草の味、という表向きの意味もちろんありますね。

Ωの聖餐

 グロ注意。圧倒的な醜悪さのなかに混じる一抹の美。それは知性であったり人間性であったりしますが、そんな美醜の関係について考えさせられました。正気と狂気は所詮は相対的なものに過ぎない以上、狂気だけを描いていては狂気を表すことはできません。狂気のなかに正気が描かれているからこそ、本作はこんなにも狂おしいのでしょう。

無垢の祈り

 児童虐待もの。これだけでも読むのがきつくなってきますが、ラストで用意されている救い(?)には……。

オペラントの肖像

 条件付け(オペラント)による思想統制が実現された未来社会において管理される人類を描いた物語。社会が狂っていると正気の人間が狂っていることになってしまいます。斯様に、正気と狂気とは相対的なものなのです。

卵男

 ハンプティ・ダンプティ?(参考:ハンプティ・ダンプティ - Wikipedia
 それはさておき、本作もやはり今より少し未来を舞台としています。死刑囚監房に入れられた囚人二人。二人の会話の意味と、女性捜査官の目的は……?

すまじき熱帯

 筒井康隆の『バブリング創世記』みたいなことがやりたかったらしいですが、目論見どおりのお話に仕上がっています。

独白するユニバーサル横メルカトル

 地図帖が語り手という何とも風変わりな作品です。球体である地球の表面を地図という平面で表現するためには、目的に応じた基準を採用することが必要であると同時に、どこかに歪みが生じてしまうことは避けられません。ユニバーサル横メルカトル図法(参考:ユニバーサル横メルカトル図法 - Wikipedia)もまた然りです。地図という変わった語り手特有の世界観。一見すると筋が通っているようで、しかしやはりどこか歪んでいます。それは私たちの〈心の地図〉にも例外なくあります。そんな戦慄が描かれている傑作です。

怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男

 MCの父親は筒井康隆『虚航船団』に出てくるナンバリングのようですが、思えばこの短編集自体が一種の『虚航船団』のような気がします。つまり、狂気を狂気の一言で終わらせずに、あたかも『虚航船団』の文房具のように、実に巧みに様々な狂気を描き出しています。
 本書では、さらに設定や視点・語り口調などに工夫を凝らすことでより多面的に狂気の世界が表現されています。バリエーション豊かに鬼畜な世界が作り上げられている本書は、極めて人を選ぶことは確かですが、好きな人にはたまらない傑作だと思います。刺激が欲しい人は是非。