『ゼウスガーデン衰亡史』(小林恭二/ハルキ文庫)

ゼウスガーデン衰亡史 (ハルキ文庫)

ゼウスガーデン衰亡史 (ハルキ文庫)


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 これはものすごいスケールでものすごく面白い虚構偽史です。
 ものすごいスケールといっても、その舞台はたかだか20世紀末から21世紀末までの日本なので、時間的空間的なスケールはそれほどでもありません。壮大なのは倫理観や常識のブレーキをものともしない想像力の奔流にあります。本書は、1984年に日本に誕生した(もちろん架空の設定)下高井戸オリンピック遊戯場というB級テーマパークが、あれよあれよという間に日本一国をも上回る大企業になってしまうところから始まります。テーマパークにしろ遊園地にしろ、その多くは子供たちに楽しんでもらったり、あるいは家族連れやカップルに楽しんでもらおうというコンセプトで運営されています。そこでは、一人でも多くの来園者に楽しんでもらうための夢の空間が作られています。そこにあるのは、一定数の人間が共有をすることの可能な共同幻想なのです。したがいまして、そこで得られる快楽というのは実際のところたかが知れてます。しかし、だからこそ、私たちはそうしたテーマパークに安心して行くことができますし、一抹の寂しさを覚えながらも楽しい気分で家路につくことができます。ところが、本書ではテーマパークのバブル化とでもいうべき現象が起きます。その結果、快楽の追求がどんどんとエスカレートしていきます。酒池肉林の乱痴気騒ぎなんて当たり前。予算を度外視したど派手なアトラクションに芸術家がその電波の赴くままに作成した珍奇なモニュメントなどなど。とにかく、ありとあらゆる角度からの快楽の追求がなされます。思うに、人間にとっての快楽の種とは至る所に転がっています。人生においてどんなに幸せな状態であってもそこに不幸の影を感じ取ってしまうように、不幸の中にも快楽はあります。不自由な生活からの開放を求める一方で、混沌とした日常から秩序を求める気持ちが生まれたりもします。かつて岡本太郎が「芸術は爆発だ」と述べたように、破壊と死のなかにすら人は美を見出すことができます。そうした滅茶苦茶を計画的に行なおうとするのが本書において語られる一大テーマパーク・ゼウスガーデンなのです。
 本書の面白さは、テーマパークの思想である快楽の追求といった暴走だけではありません。日本一国すら多い尽くしてしまうほどの大企業になってしまう『ゼウスガーデン』内の権力争いも読みどころのひとつです。様々な人物がゼウスガーデンの隆盛と衰亡の過程において名を残しては消えていきます。個々の人間によって紡がれていく歴史を描くのが一般的な歴史小説ですが、本書では『ゼウスガーデン』という架空のテーマパークの歴史を軸にそれに関与した人間の営みが描かれています。巻末の解説にあるように、筒井康隆『虚航船団(書評)』と同じく、歴史をでっちあげることで人間というものが極めて戯画的に描かれているのです(というわけで、本書は筒井ファンにはかなりオススメです)。本書における下高井戸オリンピック遊戯場時代の管理部対執行部から始まる熾烈な権力争い、術数権謀の数々は陰惨かつ陰険なものばかりですが、描写が描写だけに読んでてひきつった笑いが込みあげてきます。
 また、本書は確かにでっちあげの虚構偽史なのですが、その背後にはバブル期に第三セクターなどを中心に進められたテーマパークブームの成れの果てといったものを感じずにはいられません。単なる一企業に過ぎないはずのゼウスガーデンの人事が、いつのまにか議員や官僚などといった言葉に置き換えられています。また、アトラクションやモニュメントの製作・運営費などといった観点からの財政事情も語られるのですが、その描写もテーマパークというよりは国家のそれを語っているかのようなバブル的な狂騒ぶりを見せます。架空の未来史が描かれているはずなのに、読み終わった後には現実の社会と同じ位置に着地してしまったかのような錯覚をしてしまいます。ってか、北海道ゼウスガーデンで映画制作が中心的事業となる辺りなどを読んで特にそんな印象を受けました。
 ハルキ文庫版では、長篇『ゼウスガーデン衰亡史』のあとに『ゼウスガーデンの秋』という短編が追加されています。ゼウスガーデンの絶頂期に生きた若者たちの物語です。本編に登場する人物には、『衰亡史』に名を残している人物もいれば、まったく無名の人物もいます。その時代に生きた人間の物語を読むことで、かえって大長編である『衰亡史』の圧倒的な作り物感というのを思い知らされました。
 テーマパークというのは夢物語を与えてくれるための擬似イベントです。その擬似性をトコトン追求した結果である本書は、裏の裏は表とでもいうべき不思議なリアリティを持っています。実験的小説なので人を選ぶかもしれませんが、私としては強くオススメしたいです。
 なお、本書はテーマパークの歴史という動的な観点が描かれていますが、静的な観点から描かれている不思議SFの傑作に『ウニバーサル・スタジオ』北野勇作/ハヤカワ文庫)という作品があります。また、ミッキーマウス保護法(参考:Wikipedia)などと揶揄されることもあるように、テーマパーク内は外界と遮断された独特の時間が流れています。そうした雰囲気をシュールに描いた不条理SFに『マジック・キングダムで落ちぶれて』(コリィ・ドクトロウ/ハヤカワ文庫)という作品があります。どちらもテーマパークというものを固定的かつシニカルに描いた作品です(こんな作品ばかりオススメしちゃうとテーマパークのファンから怒られそうですが・笑)。もう少しゆっくりとした気分でテーマパークというものを考えたい方にオススメしておきます(特に『ウニバーサル・スタジオ』)。
ウニバーサル・スタジオ (ハヤカワ文庫JA)

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マジック・キングダムで落ちぶれて (ハヤカワ文庫SF)

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