『パラダイス・クローズド THANATOS』(汀こるもの/講談社ノベルス)

パラダイス・クローズド THANATOS (講談社ノベルス)

パラダイス・クローズド THANATOS (講談社ノベルス)

 第37回メフィスト賞受賞作です。とてもメフィスト賞らしい作品です(笑)。
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 シリーズものの探偵漫画・小説において、主人公たちの周囲では殺人事件がかなりの高確率で発生します。その不自然さはそうした漫画のファンの間からもときにジョークの対象になります。いっそのこと警察が最初からそいつをマークしてればいいんじゃね? と思われる方も多いのではないでしょうか。それを実際にやっちゃったのが本書です。
 マークの対象となるのは17歳の双子の美少年です。双子の兄・美樹(よしき)が死神体質です。彼の周囲では絶えず殺人事件が発生します。で、その弟である真樹(まさき)は探偵体質。殺人事件を処理するのが彼の役割です。・・・えーと。そこのあなた、どうか引かないでください。いや、私もこの設定を目にして最初はドン引きしましたが、こちらの書評で興味をひかれたので読んでみました。そしたらこれが意外(?)にもなかなか面白いのです。なにしろ、多くの殺人事件の関係者となっているわけですから証言者や当事者やとして裁判所に出廷しないわけにはいきません。そんなわけなのでネットでも有名人。彼らの動向はいつも注目の的です。覗き見趣味ではありますが一方で当然の反応だともいえます。彼らの行く先々では殺人事件が発生するのは間違いないわけですから(笑)。また、彼らの友人知人の多くも殺人事件の被害者として故人となっています。法事の予定も半端じゃありません。もちろん、目の前で人が殺されたり、扉を開けたら死体が転がってたというシチュエーションに会っても今さら動じるはずもなく死因や死亡推定時刻など一目で推測できます。そんな状況で彼らがまっとうな人生を送れるわけがなく、兄の美樹は精神安定剤のお世話になり、弟の真樹はほとんど学校にいかず開き直ってニートを自称しています。少年探偵も楽じゃありません。病んでます。
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 もっとも、普通の探偵漫画だと死神役と探偵役はだいたい同一人物が担っていますが、本書の場合は双子のそれぞれがその役割を分担しています。そこに最初は違和感を覚えはしましたが、読み進めるうちにそこに本書で用いられている大技(?)の眼目があるわけなので詳細を述べるわけにはいきませんが納得しました。
 そんな死神体質と探偵体質の双子のお目付け役を任された警察官・高槻が本書の主人公にして語り手です。いつ事件の被害者となるのか分からない彼の立場には同情せざるを得ませんが(笑)、高槻と真樹の殺人事件に関して諦観しきった会話には東野圭吾『名探偵の掟』を髣髴とさせるものがありますが、しかしそれとは微妙にずれた線上を歩んでいきます。そこには意外と緊張感があります。
 本書ではそんな双子(と、お守り役の警察官・高槻)がミステリ作家が所有する孤島の館へと赴くことになります。そんなところに行ったら殺人事件が起きるに決まってますが、それでも行くことになったのは、双子の片割れ・死神の美樹が大の魚マニアで、館の中にモナコ水槽という何だか分からないけど凄いものらしい水槽があるらしく、それに釣られたからです(笑)。てなわけで、本書もミステリのご多分に漏れず魚介類についての薀蓄が垂れ流されます。そうした知識の奔流は一見無意味なもののようでありながら実はそうでもないというのがこういう場合の嬉しいお約束です。モナコ水槽は、本書においては本格ミステリというジャンルを象徴するものとして存在しています。
 本書は探偵漫画における言わずもがなな暗黙の了解を設定として恥ずかしげもなく採用し、さらにはノックスの十戒という旧世紀の遺物(関連:「フェアプレイと叙述トリック」についての落穂拾い)を持ち出して本格ミステリとしてのパラダイムを全面に押し出します。もちろんそれには理由があります。お約束をお約束として語るからには、どこかでそれを裏切ってシフトしてもらわなくてはなりません。試みとしては米澤穂信『インシテミル』と近いものがありますが、着地点が少し異なるのがひねくれてて面白いです。
 ミステリ初心者の方にはオススメしづらくはありますが、そういう人が読んだらどういう感想を持たれるのか興味があったりなかったりです。キョトンとされるかなー。逆に真面目なミステリファンが読んだら激怒されるかもしれません(笑)。ちょっとネタ度が高すぎて共有知として語られるまでには至らないとは思うのですが、しかし狙いはとても面白いです。私は好きなので無責任にオススメしておきますが怒らないでくださいね(笑)。
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