『人類は衰退しました』(田中ロミオ/ガガガ文庫)

人類は衰退しました (ガガガ文庫)

人類は衰退しました (ガガガ文庫)

 わたしたちはただ生きています。
 それで充分だと言わんばかりに。
(本書p99より)

 幼年期の終りならぬ幼年期の始まりですね。
 アーサー・C・クラークの『白鹿亭綺譚』(ハヤカワ文庫)という短編集があるのですが、その中に「隣りの人は何する人ぞ(The Next Tenants)」という短編があります。ある科学者が孤島で研究に没頭していました。それは新種の白ありの研究と育成が目的でした。白ありは個々の存在としては知能というものを持っていませんが集団全体としては非常に高度な有機的存在です。しかも不慮の事故でもない限り永遠に絶えることのない有機的組織体です。科学者はその白ありに少しずつ高度な道具を与えて白ありの文明を高度なものにしていきます。人類の未来を白ありたちに託すために……。
 本書のコンセプトは「隣りの人は何する人ぞ」と非常に近しいものです。もっとも、本書の場合、白ありではなく妖精さんというとても愛らしい存在に取って代わられています。妖精さんの生態は謎だらけ。平均身長10センチで三頭身。生きるための食事を必要とせず荒れ果てた大地でも生存できてお菓子が大好き。繁殖方法も不明で生物なのかどうかも疑問な存在。それが妖精さんです。そんな妖精さんですが、どうやらライフゲームが元ネタらしいので、興味のある方は調べてみても面白いかと思います。
 そんな妖精さんが新人類で、人類は衰退しちゃって旧人類になっちゃってます。ここ数百年で人口をゆっくりと減じ科学技術も失われ生活圏も縮小していく一方の旧人類。そうした衰退の理由は? 人類が引退を決意した理由は? 旧人類の衰退と妖精さんの存在には何か関係があるのか? 謎自体はハッキリしているのですから、後はそうした謎にぶつかって解明がなされればいわゆる普通のSF小説ということになるのでしょうが、本書はまったくそうではありません。謎は謎のまま、主人公である調停官の少女は妖精さんたちを観察し続けます。ただそれだけの物語です。だけど面白いです。
 衰退の一途をたどる旧人類をよそに一夜で高度な超文明を築き上げたかと思えばあっという間にそれを放棄してしまう気まぐれな妖精さんたち。それだけの能力がありながらも、どうやら旧人類のピーク時を上回るような文明を作り上げることは出来ないみたいで、そこのところは何らかの理由があるんじゃないかなぁと思うのですが、ひょっとしたら何もないのかもしれません(笑)。
 作中で調停官の少女が個体として認識するために妖精さんに名前をつけようとするエピソードがあるのですが、そういう少女自身の名前や少女のおじいさんといった旧人類の個体ネームが本書では一切出てこないのが本書のとぼけたところです。これは多分、本書の観察対象は妖精さんじゃなくて旧人類の方だということだと思ったり思わなかったりです。
 本書の続きが出るのか出ないのかはよく分かりませんが、妖精さんの正体としては『地球の長い午後』みたいに旧人類の文明人としての知識を圧縮したような存在じゃないかと思ってるのですが、そんな無駄な思索はさておいて、妖精さんと調停官とのユーモラスなやりとりをぼんやりと楽しむのが吉のユートピアなのかディストピアなのか分からない不思議な日常が楽しめる一品です。オススメです。
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幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))

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白鹿亭綺譚 (ハヤカワ文庫 SF 404)

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地球の長い午後 (ハヤカワ文庫 SF 224)

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