『ゆらぎの森のシエラ』(菅浩江/創元SF文庫)

 最初は、仮面ライダーのようなお話だと思ったのです。改造人間が自我に目覚め、自らを改造した創造主に対して戦いを挑む物語だと。つまり、創造主が悪で人間は守るべきものだという単純な図式の物語だと思ってました。だけど途中から、そうなんだけどそうじゃないということが明らかになって、そこから物語は俄然予測のつかない奥行きの深いものとなっていきます。巻末の山田正紀の解説のとおりなのですが、ジャンルとしてSFとファンタジーの間を揺らぐ不思議な物語です。異形の騎士と自然の理を理解する少女という二人の主要人物は人でありながら人でなく、感情移入できるようでできなくて、普通の意味での人物は描いてなくて、そういう意味ではSF色が強めかなと思わなくもないです。進化論を擬人化したかのようや敵キャラは確かに単純に悪と呼べる存在ではなく、しかもそれは時に最先端のバイオテクノロジーを思わせるかのような存在にもなります。
 善悪がとても曖昧ですが、そのせめぎ合いが物語が進むにつれて作中人物の姿・存在のあり方にも影響をダイレクトに与えてきます。マクロな視点とミクロな視点が混在します。ヒーローとヒロインといった立場は逆転・再逆転を繰り返し、美醜も曖昧なものとなり、様々な生命の種が混ざり合いキメラとなりさらには不定形のものとなり個体としての存在すらも危うくなるような幻惑的なイメージを前にして、そこに残るのはただ心のみです。
 本書は菅浩江の第一長編で長らく絶版だったものが創元SF文庫の国内SFシリーズの創刊に伴い復刊されました。第一長編らしい荒々しさというか読みづらさは確かにあって、一時絶版だったというのも分からなくもないです。しかし、圧倒的なイメージの奔流と不思議な余韻の残る結末は一読の価値があると思います。オススメです。

ゆらぎの森のシエラ (創元SF文庫)

ゆらぎの森のシエラ (創元SF文庫)