『かめくん』(北野勇作/河出文庫)

かめくん (河出文庫)

かめくん (河出文庫)

 ヒトがヒトと同じ形をしたものとして神をイメージするように、カメもカメと同じ形をしたものとして世界をイメージするのではないか。
 かめくんはそう推論していた。
 知能とはそういうものなのではないか、と。
(本書p26より)

 かめくんは、本物のかめではなく、かめに似せて開発されたカメ型ヒューマノイド・レプリカメで、かめくんもそのことを知っています。レプリカメは、本来は「木星戦争」に投入されるために開発されたものですが、かめくんは勤めていた会社を解雇されたので、クラゲ荘に住むことになります…。といったお話です。
 2001年日本SF大賞受賞作品です。以前は徳間デュアル文庫から刊行されていましたが、このたび河出文庫にて復刊されました。名作はいつ何度読み返しても名作です。
 「なんでも亀に例えようとする」「亀に似ているか似ていないかを価値判断の基準にする」というのがかめくんの思考形式(著者インタビュー<北野勇作先生>より)なわけですが、そうした思考形式は、ときに目次のごとく模造亀(レプリカメ)や機械亀(メカメ)や亀記憶(カメモリー)や亀手紙(カメール)といったしょうもない言葉遊びに走ったり、ときに夢物語みたいなイメージが語られたりもするのですが、ときに説得力のある世界観が語られたりもします。例えば。

 いろんな大きさの六角形が組み合わさって出来ている。どれもが必要な六角形だ。そして、どの六角形の中にも、それよりほんの少し小さな六角形がある。その六角形のなかに、さらにもう少し小さな六角形があり、そんなふうにして相似形がどこまでも続いている。
(本書p28より)

 こうした六角形のフラクタルな世界観のイメージは、シミュレーションゲームのようなへクスや、あるいはベンゼン環を想起させたりします。こんなふうに、かめくんの思考形式はあくまでも亀基準であるにも関わらず共感できる部分が結構あって、そうなると、なんだか世界がヒトではなくカメを中心に作られているような気もなんだかしてきて、さらにそうなると虚と実の区別もなんだか曖昧になってきます。そうした不思議な世界観は、ともすればジャンル的にSFよりもホラーに近しいものになりがちで、実際本書にはホラー的な読み味もありますが、かめくんのマイペースかつ叙情的な語りによって、ホラーっぽさはかなり緩和されています。
 今にして読み返しますと、「遊んでるなぁ」と思う場面が結構あって、例えば、かめくんが汎用カメ型作業機械に搭乗して何かのシナリオに従って戦闘をして巨大ザリガニを食べちゃったりする場面などは、明らかに某エヴァンゲリオンを意識したものです。そのくせ、そうした場面の直後に「だいたいがこの世の中にオリジナルのストーリーとかアイデアとかテーマなんてものは、もう残ってないんだよ」(本書p90より)といったことを作中人物にいわせてしまうのですから恐れ入ります。一見すると癒し系のようでありながら、何気に際どいラインまで踏み込んだりもしています。いわゆるフレーム問題を扱いながらも、そのなかでの自由さというものも描こうとしているように思います。
 遠景として「大きな物語」のようなものを仄めかしながらも、物語はあくまでかめくんの視点から描かれているかめくんの物語として終始します。かめくんでしかないかめくんの物語。それは「小さな物語」かもしれませんが、甲羅の内にも外にも広がっていくはずの物語です。オススメです。