伊坂幸太郎が書く麻雀小説『砂漠』

砂漠 (Jノベル・コレクション)

砂漠 (Jノベル・コレクション)

伊坂幸太郎『砂漠』は、仙台を舞台に5人の大学生たちが「社会という砂漠にある大学という名のオアシス」で、モラトリアムを満喫する青春小説です。
俯瞰型の主人公・北村、戦争をやめさせようと「平和(ピンフ)」をあがり続ける西嶋、クールビューティーの東堂、超能力者の南、そしてこの4人を面子にしようと画策した賑やかしの鳥井。学部の新入コンパで知り合った個性豊かな5人が、名前が縁で麻雀仲間になり、犯罪に巻き込まれたり麻雀を打ったり平凡な日々を過ごしたりしていく、というお話。
麻雀小説というジャンルは阿佐田哲也麻雀放浪記』が始祖にして頂点であると思いますが、『麻雀放浪記』で初めて使われた「牌の形をした写植」、この『砂漠』にも使われており、なにか懐かしく感じました。
とはいっても麻雀のルールを知らなくても楽しめます。
まあ、麻雀仲間5人の内2人が女性というファンタジーな設定はさておき(笑)、だらだらと日々をすごし、たまにスパイスのようにピリっとしたイベントがある。木尾士目げんしけん』などに代表される「サークルもの」の一種とも言えます。
麻雀というゲームの面白さとして、「会話の楽しさ」があると思っています。麻雀はギャンブルである一方、将棋や囲碁と同じく知的ゲームでもあり、またコミュニケーションツールという一面も持ち合わせています。複数の人間が卓を囲み、くだらないことを言いながら一つのゲームを楽しむというシチュエーションはけっこう珍しいかと思います。この小説には麻雀を打ったことがある人ならわかる「雰囲気」がけっこう再現されており、そういう意味では麻雀経験者ならいっそう楽しめるのかもしれません。やや変則ではありますが、『砂漠』も立派な「麻雀小説」だと思います。
もちろん、伊坂作品独特のセンスである、ペダンティックにならない程度の引用や小粋な言い回しなどには相変わらずクスリとさせられます。
砂漠があってこそオアシスのありがたみが分かるように、いずれ社会に出るというリミットが存在するからこそ学生時代が楽しい。そして、それでも「砂漠に雪を降らせることもできる」と思うことができる。「こんな学生生活を過ごしたい(過ごしたかった)」と思わせる、良質な青春小説だと思います。

ちなみに、麻雀では、「東西南北」といわず「東南西北(トンナンシャーペー)」と言います。
中国の五行思想では、四方+中央の5つに木・火・土・金・水の元素を始め、色や味、季節、はたまた臓器や音など様々な割り振りがされています。
例えば「東」の色は「青」。季節は「春」。「青春」という言葉はこれに由来します。「西」の色は「白」。季節は「秋」。北原白秋の「白秋」はこれに由来しています。
つまり、「東南西北」は季節にすると「東=春」「南=夏」「西=秋」「北=冬」。
「東南西北」=「春夏秋冬」であり、麻雀の1周は四季(一年)をなぞっているのです。
そしてまた、麻雀で使われる「半荘」。現在は「東場」「南場」ですが、もともとは「東場」「南場」「西場」「北場」で「一荘」と言い、それが半分なので「半荘」と言うそうです。
つまり、本来の麻雀は「東場東一局」から「北場北一局」まで四季を四回繰り返す、というわけです。
このことを頭に入れて『砂漠』を読むと、麻雀と大学生活の奇妙な符合が見え、より一層楽しめるかもしれませんね。
【参考】伊坂幸太郎インタビュー