『闇の法廷』(西村寿行/文春文庫)


絶版本を投票で復刊!

 西村寿行の作品は、私的には短絡的なバイオレンスとエロが強すぎるのが好きにはなれなくて、あまり読んではいないのですが、本書に限っては例外的にまあまあ楽しめました。というのも、一種の法廷ミステリだからです。法律を学んだことのある方ならそれなりに興味深く読めると思います。
 といっても、まともな裁判ではありません。タイトルの通り、闇の法廷、暗黒の裁判です。必殺仕事人シリーズというテレビシリーズがありましたが、あれは法で裁かれない悪人を問答無用で殺してしまうシリーズです。本書はそれの裁判版ともいえます。
 しかし、闇の法廷の一員がやっていることは、表の法廷にかかれば文句なしの逮捕監禁罪に当たりますし、連行してきた後も最低限の水と食料しか与えず糞尿も垂れ流しと人権侵害もはなはだしいです。。なんやかんやで心神耗弱の状態に陥らせることで被告人から証言を引き出すという法律的には論外なやり方です。そうした過程を経るところが仕事人シリーズとは大きく異なる点です。また、すぐには殺さず被告人を吊るし上げて自らの犯した罪を嫌というほど思い知らせてから処罰するというやり方には、仕事人シリーズとは一味違ったカタルシスがあるのも確かです。
 本書で開かれているのは確かに私設の法廷ではありますが、その関係者は裁判官にしろ検察官にしろ弁護士にしろ、すべて表の社会でもそうした職業に就いている者たちばかりです。そこで扱われる証拠にしても腕利きの現役刑事が用意してきたものばかりです。なので、確かに私設法廷ではあるのですが、法廷の秩序はそれなりに保たれていますし真実の解明もかなり厳格に行われます。とはいっても、そこは闇の法廷です。表の法廷が採用している弾劾主義ではなく糾問主義が採用されています。いや、一応弾劾主義に則ってるとはいってますけどね(参考:Wikipedia)。それに、闇の法廷を開廷するか否かの判断にしても、被告人を弁護するはずの弁護士までもが同意して行われるのがほとんどなので、出来レースの感は否み切れません(苦笑)。推定無罪の原則など知ったこっちゃありません。
 彼らの多くは表でも法曹としての職業に従事している以上、彼らがあえて闇の法廷に関与しているのにはそれなりの理由や事情があります。もっとも、一番大事なのは闇の法廷の主催者である鷹見玲子というマダムに隷従してマゾヒスティックな悦びを覚えることなのは間違いありません(笑)。しかしながら、表の法廷では扱えない事件・不適当な事件というのは確かにあります。量刑不当・冤罪・一事不再理・公開法廷によって真実が公衆の面前に暴かれること、などなど。そうした問題提起の裏返し・アンチテーゼとして闇の法廷は機能しています。その上で、彼らは自分たちの開いている法廷が裏の法廷であることを重々承知しています。もし、裏の法廷で真実の解明が行われないようなことがあれば、それは表の法廷で裁かれるべき大罪を犯していることを意味することになります。彼らは全身全霊を賭けて”闇の法廷”に臨んでいるのです。
 収録作は中編3作です。

有罪

 一匹の紀州犬をひき殺した疑いで闇の法廷に引き出された男。法律的には刑法第261条の器物損壊罪*1にしか当たらないはずなのに、彼が闇の法廷にて求刑されたのは死刑の判決であった。闇の法廷で暴かれる恐怖の事実とは……?

闇の法廷

 闇の法廷の主催者である鷹見玲子が偶然助けた幼い姉妹。自殺未遂を図った姉妹の背景には、殺人罪の有罪判決を受けて自殺した父親と、それによる家族の崩壊という事情があった。事件のことを詳細に調べ上げて開かれた闇の法廷に引き出された被告人は、その事件を担当した裁判官だった。裁判官だけでなく検察官や有罪の決め手となる証言を行った証人まで引きずり出しての闇の裁判。そこから浮かび上がってくるのは残酷で意外な真実であった。

原罪

 岩手県警管轄内で発生した名士の惨殺事件。清廉潔白で知られるはずの名士であるにもかかわらず、その死体は過酷なまでの恨みと憎しみを感じずにはいられないほどの惨たらしいものであった。闇の法廷の一員でもある刑事は、真相究明のために闇の法廷の応援を求める。徹底した警察の捜査の隙を探すべく闇の法廷は弁護士を調査の任に当てる。闇の弁護士がたどり着いた意外な真相とは……?
 はじめに述べましたが、個人的に趣味でない描写も多々ありますのであまり大きな声ではオススメできません。ただ、法律、特に刑法を学んだり研究しようと思ったらこれくらいのことには耐えられないとやってられない、というのは正直あります。現実はときに虚構より残酷なものですからね。なので、異色の法廷ミステリとして読むべき人のところには届いて欲しいなぁと思う一品です。

*1:本書の初刊は単行本で動物愛護法改正前の1981年に刊行