『陪審15号法廷』(和久峻三/角川文庫)

陪審15号法廷 (角川文庫)

陪審15号法廷 (角川文庫)


絶版本を投票で復刊!

 本書は、弁護士作家として知られる和久峻三によって描かれた法廷ミステリです。しかも、ただの法廷ミステリではありません。かつて1928年(昭和3年)から1943年までの15年間という短い期間ではありますが、日本でも陪審制度による裁判が行われていました。本書は、その時代に起きた陪審裁判と、その最中に起きた法廷内での密室殺人事件が謎の主題となっています。
 本作の初刊は1991年なので、当然ながら裁判員制度というのは視野に入ってはいません。しかしながら、当時の陪審裁判とはどのようなものだったのか。外国のものとはどう違ったのか。そして、日本の現行の裁判とは何が異なっているのか。というような点について、流石に弁護士作家の作品だけあって、立石に水がごとく非常に滑らかに描かれています。
 構成にも工夫がなされています。老弁護士の元に書類整理のアルバイトにきた女子大生が、たまたま見つけた書類から陪審裁判に興味を持つことで、老弁護士が若かった頃に実際に体験した陪審裁判と密室殺人事件を語ってもらうという構成になっています。語り手を老弁護士、聞き手を学生という会話をはさみながら、とても分かりやすいものになっています。ちょっと講義みたいで小説っぽくないところがあるのが玉に瑕ですが(苦笑)、安心安定の内容なのは確かです。
 さて、肝心の事件の方ですが、昭和4年の日本が舞台です。陪審裁判というのは裁判に市民を関与させるという意味では民主的な手法ではありますが、なにせ旧憲法下での裁判なので、今から見ると色々と不備な点も多々あります。弾劾主義ではなく糾問主義が採用されているので、弁護人側からみれば進行自体も不公平なものです(参考:Wikipedia)。しかしながら、推定無罪の原則(疑わしきは被告人の利益に)は機能しているので、普通の法廷ミステリと比較しても違和感なく読むことができます。
 事件を扱う裁判の方はスムーズに進んでいきます。姦通罪(今は撤廃されています)が絡む不倫殺人事件。科学的捜査が未発達な時代だけに、目撃証言が事件の重要な鍵を握ることになります。それだけに、反対尋問や誘導尋問といった尋問技術が裁判、特に弁護人にとってはとても大事です。加えて、陪審員も要所要所で質問をしてきます。法廷ミステリといえば検察官と弁護人の対決というのが基本的な構図ですが、そこに陪審員という市民が関与してくるのが陪審裁判ならではです。
 法廷ミステリではありますが、ミステリとしての面白さ、推理の楽しさという点では正直イマイチです。老弁護士による昔話的な語りというのが事件から緊張感を奪っているというのもありますし、密室殺人のトリックの真相も残念なものです(笑)。しかしながら、法廷ものとしてはかなり面白いです。手探りで真相を探り出そうとする感覚。有罪無罪の判決が陪審員によって下されるときの緊迫感。そして、何ともいえない結末。ネタバレするわけにはいきませんが、法廷ミステリだからこそ許される結末でしょう。裁判員制度が始まろうとしている今だからこそ読んでおいて損はない一冊だといえます。ちなみに、裁判員制度を題材としたミステリとして、芦辺拓『裁判員法廷』があります。併せて読めば裁判についての理解がより深まると思いますのでオススメです。
【追記】光文社文庫から復刊されました。
陪審15号法廷 (光文社文庫)

陪審15号法廷 (光文社文庫)